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あ、あの、どうぞ踏んでください……>○r2”

降り止まぬ雪で、町が埋もれ始めていた。

小さな民宿では、帰り損ねた30前半の男性客がたった一人、聞き慣れぬ雪の軋む幽幻の様な密やかな音に、四方八方を取り囲まれて、眠れぬ夜を過ごしていた。


酒を呑んでもいっこうに酔いは回らず、暖房を強くしても冷気が部屋に染み込んでくる。
どこか窓でも開いてるのかと、部屋を出て戸締まりを確認すると、はたして二階にある玄関のドアが僅かに開いて風が吹き込んでいた。

主人が締め忘れたのかと、忌々しく思いながらドアを閉めようとすると、
隙間から、するりと白い手が入って来て、冷たい細い指が男の頬を撫でた。

びっくりして、数歩飛びさがると、ドアが表から大きく開け放たれ、その手の主が入って来た。

ぬけるような白い肌に端正な顔立ち、後ろで一つに束ねられた長い黒髪、均整のとれた細身の体を着流しの着物一枚に包んだ二十歳前後の若い男だった。

それが、若い男でなかったら伝説の雪女を思い浮かべたであろう。その姿は、幽気を漂わせ、息を呑むほどに美しかった。

男が、眼を見張り、立ちすくんでいると、体にすがりつく様にしてその若者が倒れ込んで来た。
思わず、抱きかかえた。
と、男は、その若者の体の異様なほどの冷たさに驚いて、初見した時の恐怖を忘れ、抱き締めてその背中を摩った。

今度は、若者の方が驚いた様に尋ねた。
「私が、恐ろしくないんですか?」

「そんな場合か!凍えきって!」
抱き上げて部屋に運ぶ。
「あ、あの、私は貴方を…その…」
戸惑う若者に構わず、男はその髪を撫で、体を摩り続けた。


しかし、その体はいっこうに温まらず、冷気は男の体をも凍り付かせてゆく。

「離してください…。貴方が…死んでしまう。もう、わかったでしょう?私は…」

それでも、男は抱き締める腕を少しも弛めず、愛しむ様にその体を撫で摩り、
凍える唇を震わせながら答えた。

「いいさ。寂しかったんだろう?…お前。ずっと独りで寂しかったんだろう?」

若者の眼からはらはらと涙が、溢れた。

その涙は、凍えきってゆく男の体を包み、ゆっくりと暖めながら、男を穏やかな眠りに誘った。





眼を覚ますと独りだった。
誰もいない。
辺りは物音ひとつ聞こえぬ静けさに包まれていた。
妙に明るい。
昨夜降り続いた雪で真っ白に覆われた町が、明け始めた朝の光を浴びて輝いていた。

「あ、あの、どうぞ踏んでください……」

ドアを開けると密やかな声が、何処からともなく響いた。

「お前か?」
尋ねると、
「ええ、私は此処です。」
「もう、姿は見せてくれないのか?」
「残念ですが…朝が…もう私にその力はありません。ですから、お別れに貴方に、一番最初に私を…踏んで頂きたいのです。」

足跡ひとつない雪原が男を誘う。踏み出すと、足首までが、ずぼっと雪に埋まった。

「何処だ?お前の一番深い処まで行こう。」
「あっ、……!」

「連れてけ。もともと昨夜はそのつもりで来たんだろう?
一緒に行こう。お前のものになるよ。」

男は雪原の一番深い処を目指して、遠くに見える森林へ向かってゆっくりと歩き出した。