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思われニキビ

昔の相方をなくした芸人は、どれぐらいかわいそうなんだろうか。
親兄弟をなくすぐらいなんだろうか。それとも、親友ぐらい?
「つらいでしょ?」とか、「しんどいだろうね」とか、訳知り顔で言ってくる人間や、
俺を痛々しそうに見てくる人間は、どれぐらいだと思っているんだろうか。
というか、何を理解しているんだろうか。
俺とアイツが、どんな関係だったかなんて、知らないくせに。
語るつもりもなければ、分かってもらうつもりもないけど。

それを口に出すと仕事がなくなるから、あいつに関しての質問は、全て曖昧な
笑みでかわしている。

新幹線でため息をつくと、今の相方が俺を見た。
「ため息ついたら、幸せが逃げますよ」
俺は彼の言うことを、無視する。しかし、それでへこむことはない。
「もー、新堂さんは、いつもそうですよ。ひどい」
ふてくされたように言う相方を、俺は「眠たいねん、うっさい」といなす。
隣の席に、相方が座るなんて、昔の相方とは考えられなかった。
今の相方にそれを許したのは、ひとえに、こいつの性格による。
のんびりしている。どこかぬけている。一人だと、眠りこけて、東京から博多まで
寝過ごすとか、普通にやってしまう。しょうがないから、俺が隣につくことになる。
――― あってるよ、今のお前には。
あいつに、今の相方と組むことを言った時に、からかわれるように、そう言われた。
「結局、俺の言うことなんて、何も聞いてないんだから」
――― 結局、お前は、俺の言うことばっかり聞いてるな
ああやって言われたのが、何年前か、何で俺は正確に言えるんだろう。

あいつは、俺を支配するのが好きだった。
田舎から上京する時も、事務所を決める時も、解散する時も、全てあいつが
主導権をとっていた。俺がネタを書いて、俺の方が人気があって、俺の方が
断然評価されていても、あいつは全く変わらなかった。俺の上にいた。
解散する前も後も、昼でも夜でも、かまわずに電話をかけてきて、俺を呼び出した。
……俺がどんなに売れて、ピンになっても、そして今の相方とコンビを組んでも、
翌日に仕事が入っていようがいまいが、あいつの呼び出しに応じた理由を、
俺は誰かに説明したことはない。酔っ払ってぐでんぐでんのあいつを、タクシーに
乗せながら、何度悪態をついたか分からないが。結局のところ、…そうやって
呼び出してもらえることが、嬉しかったのか悔しかったのか、今になっても、俺は
よく分からない。

「新堂さん、みかん食べます?」
現実にひきもどすように、今の相方から差し出されたみかんを、黙って受け取った。
冷たい。冷凍みかんだ。
皮をむくと、汁が飛ぶ。
「みかんは、肌のふきでものを治すのにもいいんですよ」
能天気に言う彼の顔を見ると、目があった。彼はにっこり笑う。
ほら、ここにできてるんですよ、と彼が指す。
そう言われて、アゴを触ると、髭に隠れて、アゴのところに何かできていた。
触ると、かなり大きい。
「…ニキビ」
「ふきでものですよ、あなたの年齢だと」
「殺すぞ」
ぶつぶつと言いながら、つい気になって触ってしまう。その手を、やんわりと
取られた。彼はそうして、にっこり笑う。
「触ったら、ますます大きくなって、治りにくくなりますよ。
 …まぁ、アゴにできるニキビは、思われニキビですから。
 誰かに思われてると考えたら、いいのかもしれませんけどね」
にっこり笑った彼の表情を見ながら、あいつの顔を思い浮かべる。

いなくなったあいつに、本当は想われていたとしたら、幸せなんだろうか。
しかしこのニキビが、彼の残滓だと考えたら、背筋がぞっとした。
ぎゅっと握り締めると、みかんが潰れそうになる。
隣の彼は、しばらくしたら、そんな俺の肩をそっと抱き、ぬるくなったみかんを
取り上げた。そして、俺に冷たい方のみかんを渡した。ぬるくなったみかんは、
彼の口の中に放り込まれ、すぐに無くなった。