※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

手袋

「寒い、さむい、サームーイー!」
 横でギャーギャー言っている相手を一瞥して、俺は深いため息をつく。
「うるせぇ、喚くな、みっともねえ」
「だ、だってよ、寒いもんは寒いんだよ!それともナニか?お前寒くないのかよ?」
「ああ。どっかの誰かと違ってちゃーんと準備してきたからな」
 呆れの混じった声で返すと、ぐっと言葉を詰まらせる。
 季節は冬、そして時間は夕暮れ近く。
 いくら日中は暖かかったからとはいえ、映画の終了時間から計算すれば帰る頃には気温が下がるとバカでも判るはずじゃないか。
 なのにこいつはコートも着ないで待ち合わせ場所に現れた。
 帽子かマフラーか手袋くらいは持っているかと思ってたけど、そんなの全然用意してないと、日も既にとっぷり暮れた帰りの電車の車中で言ってきやがった。
 ――お前、本気でバカ以下だな。
「……仕方ねえな。手袋でよけりゃ貸してやろうか?」
 横で喚かれ続けてんのもうるせえし、このままじゃ話も出来ない。
「え?マジ?ホントに?」
「マジ。だからいい加減黙れよ」
 嬉しそうな声を聞きながら右手だけ手袋を外すと、俺はそのまま相手に向かってぽいっとそれを放り投げた。
「うお、サンキュ……て、片手?」
「贅沢言うな。俺だって寒い」
 じろりと睨みつけてやると、不満そうな顔しながらもしぶしぶそれを手に嵌めている。
 それが終わって両手が開いたタイミングで、俺は右手を相手に伸ばすと片手をぐいっと引っ張り寄せた。
「わ、な、なんッ!?」
 慌てたように騒ぐのを無視してダウンジャケットのポケットに自分の手を入れる――無論、掴んだものは離さずに。
「行くぞ。もうバスねえんだし、あんまり遅いと明日に響く」
「あ……お、おう!」
 もう一度だけ右手に掴んだ冷たいものを握り直して、俺は……いや、俺たちは暗い夜道を歩き出した。