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静かな雪の夜

「あの、ウチ、客用布団とかないんで。あの、ソファじゃ寒くて寝られないんで」
 一緒のベッドで、とはあまりに生々しい気がして言えなかった。
 そんな岡田をよそに、伊勢崎はふわふわと、楽しげに揺れている。
「あの、スーツしわになりますから脱いでください」
「らーい」
 そう言いながらも脱ごうとしない。ふらふら揺れて、岡田にしがみついてくる。
「この酔っ払い!俺は彼女じゃないですよ!脱がせますよ!いいですね!」
 なんとはなしに目を背けながらジャケットを引っぺがし、ベルトに手をかけて――ためらった。
「しわになりますからね!脱がせますよ!」
 苦情がきそうなほどでかい声で叫んで、岡田はベルトをはずしてズボンを下げた。
 ジッパーをおろしたとき、手がわずかに伊勢崎の股間にふれたことを頭を振って意識から追い出す。
「足、あげてください」
 らーい、と今度はおとなしく従った。まるで岡田にまかせきりだ。
 ネクタイをゆるめ、ふと思い付きを口にする。
「俺にSM趣味とかがあったら、これで伊勢崎さんのこと縛るとこですけどね」
 とろん、と、眠そうな目で笑っている伊勢崎を見る。
「もうちょっと警戒してくださいよ・・・・・・いや、されたら悲しいんですけど」
 スーツをハンガーにかけて、パジャマ代わりのスウェットをかぶせる。
 外は雪が降り始めていたのだ。Yシャツ一枚では寒すぎる。なにより岡田が落ち着かない。
頭を出させたら、ごそごそと自分で袖を通した。前後ろが反対だが、この際気にしないことにする。
下もはかせて、やっと伊勢崎を直視できるようになった。
「先に寝ててください。俺はシャワー浴びてきますんで」

 岡田の使っているシャンプーは女性用のものだ。
 伊勢崎はいつもいい匂いがして、何のフレグランスを使っているのか尋ねたら、
同棲相手のシャンプーの匂いだ、と教えられた。
風呂場が狭いのであまり物が置けず、同じシャンプーを使っているらしい。
 それから、岡田も同じものを使っている。
 男性用のシャンプーのような爽快感はないが、むしろ冬にはこちらの方がいい。林檎の香りだ。
 ときおり、伊勢崎とその顔も知らない女が、この香りでベッドを満たしながらセックスすることを
想像して抜いた。とても悲しくて、とても興奮した。

 伊勢崎は、きちんと布団をかぶって眠っていた。
「えーっと・・・・・・隣、失礼しますよ」
 そっと、ベッドの端におさまる。端と言ってもシングルベッドだ。少しでも身動きすれば
伊勢崎に触れてしまいそうで、体は半分ずり落ちそうだ。
(眠れるかな・・・・・・無理だな)
 触れないように、起こさないように、岡田は息さえも殺した。数時間前の忘年会の騒ぎが
壁を隔てて遠くに感じられるほど、夜は静かだった。
 雪の降る音が聞こえそうな気がして、岡田は耳を澄ませた。伊勢崎の、規則正しい寝息が聞こえた。
 静かに静かに、伊勢崎と向かい合うように姿勢を変える。
(あー、やっぱり睫毛長いな。ひげが生え始めてる。あ、発見。耳のうぶ毛けっこう長い)
 肩が、呼吸に合わせて規則正しく上下している。
 ふいに泣きたくなった。このまま時は止まらないだろうか。
 泣くまいとしてこらえたら、喉がグッっと鳴った。
(ダメだ。伊勢崎さんが起きたらまずい)
「えっ?」
 唐突に、岡田は抱き寄せられた。
「ちょ、」
 鼻を、髪にうずめてくる。心臓が飛び出そうに鳴った。
「何・・・・・・」
 だが、伊勢崎のまぶたはとじたままで、寝息もまったく乱れなかった。

 もう、どうにもならなかった。

 朝には雪が積もっているのだろう。その雪をサクサクとふんで、伊勢崎は帰るのだろう。
恋人のところへ。
 吹雪かないだろうか。歩くことが困難なほど吹雪かないだろうか。
 この寒い部屋で、唯一暖かい布団から出たくなくなるほど吹雪いてはくれないだろうか。
 そして、自分と体温を分け合ってはくれないだろうか。

 岡田は声を殺して、静かに静かに泣いた。