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年の差主従

「今日からあなたさまにつかえることになりました、あーさーです!」
目をきらきら輝かせながらそう言ったその子を、僕はひきつりながら見下ろした。
「どうしましたか?あなたさまはこのお城のりょう主さまのこうけい者となったんですよ」
そうだ。僕は本当はしがない農夫だったのだが、
ひょんなことからここら一帯を治める領主様の命を助けて、養子になった。
大怪我をしながらも幸い一命を取り留めた領主様の口から飛び出たそれは夢のようなおいしい話で、
毎日腹の音を子守唄にしていた僕はすぐに飛びついたものだ。
しかし、うっかり口をぽかんと開けてしまったくらい立派で重厚な門をくぐり、
初めて乗った馬車に揺られながら美しい庭園を抜けて、車から降りようとしたとき、
馬車の出口で僕を待ちかまえていたかのように手を差し出してきたのが、この、金髪の男の子だった。

「え、あ、あの…」
戸惑う僕の手を礼儀正しく取って、”あーさー”は僕を馬車から下ろす。
とても機能的で、訓練されているような仕草だ。

そうして向かい合うと、あーさーの背丈は僕の腰ほどしかない。
馬車から降りてもやっぱり同じように僕はあーさーを見下ろすし、
あーさーは僕をきらきらとこっちが眩しいくらいに見上げっぱなしだ。

「あ、あの、君はいったい…」
「ですから、ぼくはあなたさまのじゅう者なんです!
ぼくのかけいは、代々りょう主さまに仕えています。
今のりょう主さまのじゅう者は僕のお父さんです。
したがって、あなたのじゅう者は、ぼくがつとめるのがシキタリなんです。
今日から僕はあなたさまのタテとなりホコとなります。どうぞよろしくおねがいいたします」

まるで子供とは思えない流暢な物言いに、僕はただ口をぱくぱくとしながら聞くしかなかった。
だって僕は28歳で、この子は見たところ7、8歳くらいだ。
それなのに、どうしてこんなにも喋り方や佇まいに差があるのだろう。
いやいやそれより、農夫の生まれとはいえ、とうに成人している領主の息子に、
どうしてこんな小さな従者をつけるのだろう。
と、初めはそう思っていた。
けれども……。
「どうされましたか?」
あーさーが心の底から案じているように首を傾ける。
「い、いや…。う、うん。分かったよ。君は、僕の従者だ」

そう、僕は上流貴族のしきたりなんてもの今まで全く無縁だったのだ。
だから、この子が真っ直ぐとした眼差しで、こんなになめらかに答えているのだから、
きっとこれが上流階級のシキタリなのだ。
そう思いながら、僕は改めてあーさーの手を握った。
あーさーは嬉しそうに小さな手で僕を握り締める。

「あくしゅですね」
「う、ん。握手だ」

(握手、か…。こんなこと、農夫の間じゃやらないな)
そのときはまだ僕の中では、
あーさーは、格式とか上流階級とか、僕がよく分からないものの体現みたいだった。
だってあまりにも、あーさーは整いすぎている。
言葉づかいも、立ち佇まいも、見た目だってそうだ。
卵みたいな白い肌と綺麗に切りそろえられた柔らかそうな金色の髪は、
畑仕事を手伝ってもらうとの名目でよく子守りをしていた、
近所の子供達の日焼けた肌とすすけた髪は全然違う。
と、あーさーを僕が見ている間に、あーさーは未だ手を繋いで僕の節くれだった手をまじまじと見ていた。

「あなたさまの手は、とてもすてきな手ですね」
「えっ、どういう意味?」
不意を突かれるように変なところを褒められて、僕は驚いた。
「だって日に焼けていて、ごつごつしていて、とっても格好いいです。
りょう主さまとは違って、ぼくのお父さんと一緒です」
僕はまたぽかんとあーさーを見つめていた。
そんな僕の様子に、あーさーが慌てる。
「…あっ、ごめんなさい、りょう主さまのアトツギなのに。
ぼくのお父さんと一緒にしてしまって」

僕はこのとき初めて、とても緊張していた自分に気がついた。
「いや、いいんだ」
そう言って僕はあーさーの頭をぽんぽんと撫でた。
あーさーは恐縮しきったような顔をして、
それから怒られないことが不思議だとで言いたげに僕を見ていた。
僕は安心させるように微笑んだ。



それまで僕は生まれて初めての異質な場所の中で圧倒され、気圧されまくっていた。
そんな中、あーさーが僕の人生の証だともいえる農夫の手を褒めてくれたのが、とても嬉しかったのだ。
そうして気がついたのだ、僕は初めから受け入れられていたのだと。
言葉遣いだとか、立ち振る舞いだとか…そんなものは気にしなくていいと、
あーさーの目が言っていたじゃないか。
きらきらして僕を見つめてた、「よろしく」と。
こんなにしっかりしているあーさーが受け入れてくれているんだ、
(上流世界の中だって、今までの僕のままでいいみたいだ……)



「あーさー。どうやら僕たちはこれから一緒に学んでいかなきゃいけないみたいだ。
僕はこれからここ一帯を幸せにしていく方法を、あーさーはいい従者になる方法を。
一緒に、頑張ろうな。あーさー」
「……はい!」
歯切れのいい返事だ。僕はにっこりと笑った。
一緒に、という言葉が嬉しかったのだろうか。
僕と一緒に笑ったあーさーの顔は、どれだけ整えられた見目をしていようと、
やっぱり近所の子供達と同じ、子供らしい無邪気なものだった。

今もあの笑顔が思い浮かぶ。
そうだ、僕がここに来てから初めて笑ったのは、アーサーのおかげだった。
それからずっと……。

「アーサー…。ありがとう…」
「いえ…とんでもございません……。私こそ……」




*********




以下は後世に残されたアーサーの当時の回想録である。
「その人にはその場にはそぐわないほどの温かさがあった。
厳しく冷たい権力階層の中で、外から来た彼はまるで新しい風のようだった。
事実彼は生涯を通して様々な改革をやってのけた。
彼は領民の生活を第一に考え、部下はおろか領民にもよく慕われる名領主となり、また円満な対外関係を持続させた。
幼かった私はまるでそれらを予感したかのごとく、
彼が馬車から降り立った瞬間、一目で彼に魅せられたのだ。
そしてそのとき、厳しい躾作法の中で私が失っていたものを、彼は与えてくれた。
彼から教えてもらった温かさは何にも代えがたい私の糧となった。
そう、私にとってその人とは、主人であり、兄であり、親友であり、心の支えであり、
出会ってから彼の死を看取るまでただのひとときも離れることのなかった、かけがえのない存在である」