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教師×教師

水曜日は遅め、木曜日は早め、他の曜日は定時帰り
彼の帰る時間はいつもきっちり決まっていた
規則正しく教科書やら参考書やら、大学の資料までもが美しく整頓された棚に
山から崩れてページがぐしゃぐしゃに折れた教科書が凭れていた
その教科書を不安定な山にのせて一言「お疲れ様」と素っ気ない言葉をかける彼に、
ただ一言同じ言葉を返せばいいだけなのに
結局今日も何も言えないまま軽く頭を下げるだけの挨拶をして、
数歩で辿り着くはずの扉の閉まる音を待っていた
こんな状態じゃ、いくら俯いてマーカーの引かれた箇所を読んでも、
下に敷いたままの残り僅かの採点の済んでいない答案の答えもまったく頭に入らない
教科書体の文字が絵のように感情も持たずにその場にある
それでも何とか目で追って、一つ不器用な丸を付けた

「まだ帰らないんですか」
いつもの素っ気ない声。感情の見えない声。ただ、彼の色の声
書き途中の丸が歪んだ。ペンを止められないまま左手をかすめて赤色を残した
「まだ終わらないんですか」
どんな表情でいればいいんだ。どんな言葉をかければいいんだ
「あなたにこんな殺風景なところで伝えるには些か躊躇うような気持ちを伝えたいのですが」
ゆっくりと顔を上げると、最近すっかり見なかった瞳とやっと視線が合った
「あなたは言いましたね、好きだと。こんな俺でいいのだと。ねえ、その返事をしたいのですが」
彼の目は少し茶色い気がする。くたびれた大人にも無邪気な子供にも無い何か優しい光が、黒をぼかして揺らめかせた
「あなたは私の気持ちを解き明かすことはできないんですか」
不器用な俺は数や記号の誰かが既に証明したことをなぞることしかできない
あれだけ悩んで導いた心にそんな優しくてあたたかい、夢のような答えを出す年上の彼
愛おしい。愛おしい。綺麗な言葉も器用な仕草もできないけれど、好きなんだ
ローラーのついた椅子から立ち上がると、あまりの勢いについつい転びそうになった
咄嗟に出した声に彼の笑い声が密かに聞こえた
敢えて何も言わずに腕組みをして俺を待つ彼に、結局俺は何も言わないままキスをした
不器用で綺麗じゃない証明だ。それでも俺にはこれが一番手っ取り早い解答だ