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水中キス

午前零時の校庭に、パシャンと水音が響き渡る。
「また今年もやっちまったなあ」
はは、と笑ってそいつは服を着たまま25mプールを泳ぎ始める。
十年ほど前まで俺たちは同じ中学校に通っており、同じ水泳部だった。
あいつはクロールが得意で、俺は一度も勝てたことがない。
悔しかったが、あいつは鼻にかけるわけでもないので
そういうものなのだと思えるようになった。
いつもあっさりとノルマをこなし、練習が終わった後も飄々とした風な
何を考えているのかさっぱり分からない奴で、仲良しだったとは言い難い気がする。
しかし、十年経った今でも夏になるとあいつは連絡を寄越してくる。
最初に夜の中学校のプールで泳がないか、と突然かかってきた電話で言われた時は驚いた。
真意は全く分からなかったが、なんだか行かないといけない気がして
電話で言われた日の零時に中学校のプールに行くと、既にあいつは泳いでいた。
「なんで服のままなんだよ」
「その方が雰囲気が出るだろ?」
久しぶりに会ったにも関わらず、そんなやり取りを自然と交わした。
―あの時から俺たちはよく分からない関係だ。
一通り泳ぎ終えると、あいつは端の壁にもたれていた俺の隣に同じようにもたれる。
「今度、結婚するんだ」
あいつは表情を見せないまま淡々とそう言った。
「そうか」と俺も淡々と答える。

あいつが今年中に結婚するらしい、というのは風の噂で聞いていた。
「俺も、多分来年辺りに」
そう付け加えると、あいつも「そうか」とだけ答えた。
いつの間にか互いの手を絡めあっていた。
水中と外界と、その温度差は果てしなく大きい。
言葉もなく、どちらともなく俺たちは腕を絡めあう。
ポチャン、とあいつが潜った音がした。
俺も繋いだ手を離さないまま続くように水中へ導かれる。
夜の水中は驚くほど暗い。
表情など見えないあいつの顔が近くに来て、そっと唇を合わせた。
一度は離すが、何度も何度も、息が限界になるまで俺たちはキスをする。
最初はひんやりとしていた水中が、今では温かく感じられた。
呼吸がしたくなったが、あいつの腕が、俺を捕らえて離さない。
俺もそれに応えるように自分の腕をより一層絡め、長い長いキスをする。
頭の片隅で、このまま死ぬのもいいかもしれないと思いながら。