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君が好きだ

あまりにも時間の過ぎ去るのが早くて付いていくのが精一杯で、とうとう走るのをやめてみたら周りに誰もいなくなっていた。
そこでようやく、本当は走りきらなければいけなかったのだと、初めて気付いた。
中途半端な場所に止まって息を整えてみても、もう何の意味もない。時間は私を置いてどんどんと前へ進んでしまった。
私は、取り残されたのだ。

「君が好きだ」
そう言ってくれたあの人は、空で火となったと聞いた。
優しかったあの人が敵とは言え誰かを犠牲にしようとするだなんて到底信じられないが、戦争とはそういうものだ。
「お国のためという大義名分を掲げているが、僕はね、ただ君に生きていてもらいたいだけなんだ。君を生かすために僕は行くんだ」
あの人はそう言った。
馬鹿馬鹿しい、女子供じゃあるまいし、私だって男です。戦地に出るんですよ、生きていられる保証は何処にもない。
私が反論すると、あの人は笑った。あの人はよく笑う人だった。
「君は生きるよ、僕には分かる」
そう確かに、こうして私は生きている。
戦争は終わった。帰ってきた人もいた。その中にあの人はいなかった。海は変わらず広く空も変わらず青く呼べば犬だって来るのに、あの人だけは私の元からいなくなってしまった。
私は取り残されたのだ。
あの人のいた過去と現実の間に足を取られ、ゆっくりと沈んでいる。そんな私でも、あの人は生かしたいと思うのか。
私は空を睨む。あなたはそこにいるのだろう。
あなたの最期を知った日から、私は夢を見る。あなたを殺した火から鳥がひとつ飛んで行くのだ。それは、真っ黒な鴉だ。
私の頭上に飛ぶ鴉よ、お前はあの人だろう。私が死人のように地に沈んでそれでも生きているのを見続ける、お前は、あの人だろう。
「私も連れて行けよ」
あなたの優しさなぞいらない。あなたの望みなぞ知らない。
私はただあなたに会いたい。
『君が好きだ』
あの言葉に、私はまだ返事もしていないのに。