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愛弟子

「どうでしょう?」
 日に焼けた額に汗を光らせ、真剣な顔で振り返った加藤に、小杉は無言で頷くと
釜から取り出されたばかりの炭に屈み込んだ。
 良く出来ている。加藤が、小杉の元で炭焼きを学ぶようになって、まだ一年にも満たないが
彼は飲み込みが良く、忍耐強くもあった。だからこそ、十日ほど前に仕事を終えた小杉は
次の仕事を加藤一人に任せたのだ。
 小杉は、丁寧に選り分けられた炭を二本、手に取って互いに打ち付けた。軽く、乾いた音が
耳に心地よい。本当に、良く面倒を見た、いい炭だ。
 代々受け継いだ釜で、五十の声を間近に聞くこれまで、ずっと一人で炭を焼いていた
小杉の元に、加藤が転がり込んで来たのは、つい昨日の事のようなのだが。
「……まあまあだな」
 ようやくそれだけ言うと、小杉はシャベルを手に、釜に落ちた細かな炭を掬おうと立ち上がった。炭焼きには無駄がない。釜の中身は、全てが別の用途にまんべんなく利用できる。
 だが、シャベルはすぐに、力強い手に奪われてしまった。
「俺がやります。これは、俺の仕事ですから」
 でしょう? と笑う加藤は、耳に引っ掛けていた防塵マスクを直すと、止める間もなく
釜の中へと背を向けた。
 日に焼けた顔、汗に濡れたシャツ。若々しい体を真っ黒に汚して、加藤は働き続ける。
 いつか、自分の釜を持つのだと言っていた。そう、遠い話でもないだろう。
「終わったら、降りて来い。今日は、俺が飯の支度をしておく」
 声を掛けると、加藤が釜の中でぱっと振り返った。目が丸くなっている。
「もう一度だ。やってみろ」
「はい!」
 マスクでくぐもった声が、元気に答えた。

 いいお弟子さんが出来ましたね、と顧客に言われる。この釜が終わっても、愛弟子が
自分の炭を継いでくれます、と話した事もある。
 自分は幸せだ、と小杉は自分に言い聞かせ続ける。幸せ者なのだ、と。
 では、何故自分は、働き者の愛弟子が独り立ちする日を、長引かせるような事ばかり
してしまうのだろう。
 小屋へと降りる小杉は、一度だけ釜を振り返った。見えない男のふるうシャベルの音が
 そこから聞こえてくる。
 いつまでも、その音を聞きたいなどと、何故思うのだろう。