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自己犠牲

--よだかの星は燃えつづけました。いつまでもいつまでも燃えつづけました。
今でもまだ燃えています--

「鷹雄、お前家出ろよ」
広い背中に痛々しく残っている痣に軟膏を塗ってやりながら
決まり文句を投げかけると、鷹雄は目尻を僅かに下げるようにして笑った。
「まだ高校通わせてもらってる身だからなぁ」
この返事も幾度も聞いた。何年も前から繰り返している問答なのだ。
住むとこがなければ俺の家に来ればいい、うちの母ちゃんは鷹雄がお気に入りだし、
働くか大学進むまでの間だったらなんてことないだろ。
必死に理論武装しても、鷹雄の一言で俺は黙ることになる。
「母さんが驚くし、隼人が心配だからさ」
母親と幼い弟の幸福を守るためなら、彼は平気で自分の体を投げ出すのだ。
二人を守ってやるためだとしても、お前がこんなに
傷だらけにならなきゃいけない道理なんてあるか。
俺はこんな時、ある童話を思い出して唇を噛む。

主人公であるよだかは、鷹に追われ、森で生きることをあきらめる。
そして兄弟に別れを告げて昇天し、星になったという。
俺は昔、その結末が許せずにひどく泣いた。
なんで鷹はいじわるをするの、なんで誰もよだかを助けてあげないの。
なんでよだかは兄弟を置いて死んじゃうの、
なんで死んじゃうのに、自分の光で森を照らせることを喜ぶの。
そんな怒りと哀しみ、そして何より美しい魂への畏敬を、
俺は鷹雄の背中から感じるのだった。

治療とも呼べないような簡単な処置を終えて、俺は鷹雄の後ろからその肩に額を乗せた。
ツンとしたメンソールの香りが鼻をさす。
「なんで我慢すんの、こんなの変じゃん。お前もう体でかいし、
やろうと思えばあんなおっさんぶっ飛ばせるんじゃねーの」
「殴られんのは嫌なんだけど、殴るのも気が向かないんだよ」
こんな境遇でも平和論者でいられるなんて、
よっぽどの馬鹿かよっぽどの人格者かのどちらかだ。
鷹雄にはどちらの要素もあるな、とちらりと思う。
「じゃあずっとこうやってくつもりかよ」
「はは、それもしんどいな。やっぱ卒業したら東京でも行くかぁ」
あぁ、メンソールが目に染みる。
眼球の奥が熱くて仕方ない。
「思ってもないこと言うな……」
「出来たら楽しいだろうな。お前と一緒に住んで、交代で飯作ったりして」
宥めるように髪の毛を掻き回されて、鼻水が出た。
鷹雄のシャツで拭えば、ひでぇなと言って彼がまた目尻を下げて笑う。

「鷹雄、卒業したらでいいから家出ろよ。
俺料理も掃除もできねぇし、代わりにやってくれよ」
「おい、どこの坊ちゃんのつもりだ」
「隼人は引きとって、おばさんも呼び寄せればいいし」
無理なことはわかりきってるが、そんな幸せな未来が訪れてほしかった。
「不思議な4人暮らしになるな」
鷹雄はまた目尻を垂らして柔らかく微笑む。
「俺隼人と仲良いし、3人兄弟も楽しそうだろ」
「こんな泣き虫な弟が二人もいたら大変だ」
俺にはどうしたら鷹雄を救えるのかはわからない。
けれども薬を塗ってやることはできるし、子守にも付き合ってやれる。
彼が彼のやり方で家族を守るのならば、俺は俺のやり方で鷹雄を守ればいい。
そう思うのだ。

よだかの星は空の上で凛々と輝き、今日も俺達を見守っている。