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短気な後輩×卑屈な先輩

創作活動同好会兼文学部という名称で通っているうちのサークルは、
30人もの幽霊部員に支えられ実質10人弱で活動している。
とは言え創作活動は個人でやるものなので、10人集まろうが
「ネタに詰まった」だの「神が降りてこない」だの言い訳をつけて
結局は菓子の袋を床に散らばらせ談笑で終わることが多い。
仲が良いのは宜しいことだろうが、
この馴れ合いの空気にいまいち馴染んでいない人物が2人いる。
俺と、1つ上の先輩だ。
先輩は出版業界を広く見渡せば数多いる学生作家の内一人で、
部室に来ても部屋の隅でいつも頭を抱えている。
俺と違い人当たりはいいのだがパソコンに向かう彼に話しかける部員はいない。
凡そそんなオーラを発していないからだろう。
一年ながらこのいい加減なサークルの会計を務めさせられている俺はでも
たまに彼に声をかける。すると飛び出るのは必ず弱音だ。
「俺なんか才能ないんだよ」
「俺なんかダメだよ。なんも浮かばないもん」
「俺なんか」
「俺なんか」


最初は珍しいことに短気な俺が根気良く励ましていたが最近はうんざりしてきた。
モチベーションの上がらない作家を励ますのは担当の任であって、
単なる後輩である俺ではない。
それでもいつのまにか先輩にとって俺はその役割になってしまったようで、
今では俺以外から先輩は弱音も吐かずに頑張っているという目で見られるようになった。
俺は先輩の才能に心底傾倒していたので、それでも初めはそれが誇らしかったのだ。
だが季節は冬。腰まで雪が積もる頃には、桜の時期に抱いた憧れも
すっかり溶けて無くなっていた。
この卑屈な駄目人間が。
小中高と野球部で育った俺にとって先輩とは嫌うものではなく憎むものであり、
陰口を叩こうくらいなら見返してやると睨み返す存在だったので、
口に出してそう罵ったことは無いが、はっきりとしない苦手意識を抱えていた。


だがある日、キレた。
つい先ほどまではにこやかにしていたくせに、部室に俺しかいなくなった途端お決まりの台詞。
「俺なんかが書いた小説なんて何が面白いんだか良く分かんないんだ」
投げたね。補欠だろうが野球部で唸らせたこの豪腕を持って、
整理もせずに散らばったファイルや辞書を片っ端から。
呆気に取られるその横面を殴ってやりたかったが、さすがにそれはやめて
代わりに普段浮かべていた苦笑いに必死で抑え込んでいたものを全部吐き出した。
「あんたに才能が無いんなら、片っ端から賞に投稿してるのに1つも入賞できたことがない俺はどうなるんだ」
「あんたの本が面白くねえんならあれに心ガンガン揺さぶられた俺はどうなるんだ」
「あんたがダメだって言うんなら…」

あんたの事が好きで好きで堪らない俺は、どうなるっていうんだ。

口に出してそう言ってしまうと負けを認めてしまうようで、その後は続けなかった。


声を枯らすまでそう叫び続けて、息を荒げながらその場にしゃがみこむと、
唖然としていた先輩は意外にも怯えた様子を見せず「ごめんな」と謝った。
それは青い顔で愛想笑いを浮かべる時にも、涙をにじませ愚痴る時にも見せない顔だった。
長い前髪から覗く少し腫れぼったい目は今まで見たことがないほど真剣だった。
「ごめん、俺甘えてた。もうしない。それに相島君は才能無くなんか無いよ。ただ君正直だから
、思ったこと全部文章にしちゃうだろ?小説を書くのにしたって他のことと同じように勉強し
なきゃならないことたくさんあるから、それさえちゃんとしたら十分凄い作家になれるよ」
「相島君の書く小説、俺好きだよ。才能あるよ」
聞いたことが無いくらいハッキリとした語気だった。どんな批評よりも心に残った。
「でも…」
掠れていると思っていた声はしゃっくりに邪魔をされて出なかった。
その時やっと気付いた。やばい、俺泣いてる。
「でも直感で書いてる人だっているでしょ?そういう人を天才って呼ぶんじゃないっすかあ」
「いないよ、努力しない人間が天才だって言うんなら、この世に天才なんていないんだよ」
「誰だって自分は人と違うんだって、特別なんだって思いたいじゃないですか」
「君だって特別だろ?絶対いつか世間に認められるし、それに俺にとっては特別なんだ」
いつもと立場が逆転している。俺は嗚咽を漏らしながら擦り切れるほど目を擦り
止りそうにない涙を何とかして拭おうとしていた。
先輩は俺の頭を撫でながら子供にでも諭すように、ゆっくりと話す。

確かに先輩の愚痴は鬱陶しかったけど優位に立つことが、必要とされることが嬉しくもあった。
だけど知らなかった。こうやって励まして貰える事が頭を撫でられる暖かい手がこんなに嬉しいなんて。
しばらくして「顔上げられません」と呟くと「いいよしばらくこうしてたい」と笑われた。
珍しく年下扱いされてる気がして体が熱くなった。くそ、やっぱり悔しい。