たとえ傷付けるためだったとしても構わない

姉にとっては真実の恋だったのだろう。
だから、義兄を捨てて男と逃げた。

「……僕はいい笑いものだよ、結婚してまだ1年だというのに」
義兄は唇をゆがめた。怒りなのか、笑いなのか。伏せられた表情は読みにくい。
「父も母も、姉は死んだと思おうと。義兄さんにはできる限りのことを」
「金なんか要らないんだ、ただ……僕は本当に好きだった、彼女を」
「姉は……馬鹿です。僕も、許せない」
父も母も憔悴しきっていて、代わりに弟である僕が義兄と姉の家に来た。
何もかもまだ新しい新居には、片付けるほどの物もない。
姉は、大切な物をすべて持って行ってしまったらしい。
行方はわからず、ただ、署名済みの離婚届が郵送されてきた。
姉は幸せなのだろう。昔からやりたいことは思ったとおりやってのける人だった。
そんな姉を羨ましいと思っていた。
僕にはできない生き方だった。


「姉は馬鹿です。義兄さんみたいないい人を……僕にはわからない」
「言わないでくれ。余計みじめだ」
「僕が……姉の妹だったら良かったのに。弟じゃなく。
 そしたら、こんな時義兄さんにもっと優しくできましたよね?」
「馬鹿な。お姉さんの代わりになるとでも? ハッ、ますます笑いものだ」
「誰にもわからなければいいじゃないですか」
──僕は何を言おうとしているのだ。
自分でもよくわからず、ただ頭の後ろがジンと熱く痺れだす。
これ以上は駄目だ。急に、義兄と姉の結婚式が思い出された。
白いウェディングドレスの姉。隣に立つ義兄。
……あの時、僕は、何を思って二人を見ていた?
「そうだな……君が妹さんなら、ここで慰めてもらうこともできたかもな」
似合わない下卑た笑みを浮かべ、偽悪的に呟く義兄に、あの日の幸せな輝きはかけらもない。
「いいですよ、妹じゃなくても。僕は……実は、慣れてるんです」
僕が浮かべた微笑みはどんなだっただろう?
「前から義兄さんには興味があったと言ったら?」
願わくば震えないでほしい、僕の声。
驚いたような義兄の表情が、何故か悲しげだった。
「姉が姉なら、と言うべきだな、この場合。……いいね、慰めてもらおうかな」
きっと、義兄は僕を傷つけることしか考えていない。
いや、僕ですらなく、僕を傷つけることで姉を傷つける、ただそれだけを。
義兄の手が、僕の髪をつかむ。
それでいい。僕は目を閉じた。



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最終更新:2009年04月11日 20:05