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トラウマ

 洋介は触れられた指先に反応して、コーヒーカップを落とした。

 陶器の割れる音がして、黒い液体がフローリングの床に散らばった。
洋介は少年の服に汚れがないのを確認し、あわてて破片を片付ける。
 片付けを手伝おうとした少年は
「いいから! 本当にいいから!」
と洋介に全身で拒否され、おとなしくソファに座りなおした。

「なあ、海人」
「あー?」
「お前の兄さんさ。俺の事嫌いなのかな」
「なんで?」
「この前も同じ事あったじゃん。俺が近寄るとビクビクしてるしさ」
「洋介は男が苦手だからな」
「男なのに?」
「男だからじゃない?」
「意味不明」
「わからなくていいよ」
「教えろよ」
「洋介はトラウマ持ちなの。はい、終わり終わり」
「なんだよー」
 釈然としない様子で、少年は出されたチョコを口に放り込んだ。
「お兄さんそこらの女より色っぽいからなあ。男に襲われちゃったとか?」
「バーカ。おまえエロ雑誌の読み過ぎ」
 海人は笑って少年にゲーム機のコントローラーを渡した。
 すぐに少年は夢中になって、そんな話題が出たことも忘れたようだった。

 少年が帰ると、テーブルの上の飲み終わったカップを海人はキッチンに運ぶ。
「コーヒー、サンキュ」
「あ……ああ。悪かったね。そこに置いておいて」
「俺が洗うよ」
 海人が近寄ると洋介は一歩後ずさる。
「い……いいから」
「俺がそんなに怖い?」
 海人は口の端を少し釣り上げた。
「あいつが洋介に嫌われてるんじゃないかって心配してたぜ。
それは違うって言っといたから。洋介はただのトラウマ持ちだって」
「海人!」
「なに? 大丈夫だよ。弟にレイプされたのが原因で、
男性恐怖症になりましたなんて言ってないしね」
「か……」
「言わないよ。言ったら洋介、俺と寝てくれなくなっちゃうもん」
「海人……。もうやめよう。もう俺は嫌だ」
「コレ後でいいよね。したくなっちゃった」
 洋介の手首をつかんで、海人は自分の部屋に強引に連れて行く。

 自分の上にのし掛かってくる体重を感じるたびに、洋介にフラッシュバックする昔の傷。
嫌悪を感じながら洋介は固く目を閉じた。