穏やかな優等生×やんちゃな熱血バカ

キャンキャン吠える仕草は、仔犬に似ている。

「だーかーらー、この公式が分かんねぇと俺、留年するかもしれねーんだよ!」
「…お前は、野球のルールを分かっても、数学の公式は解けないんだもんなぁ…」

期末試験前夜、隣に住む俺の部屋に来て、真っ先に教科書を広げて言う様は、
受験生のようだ。明日受験する訳でもないのに、一年先だろ?…少しは落ち着けよ。
他の連中ならまかり通る冗談もこいつにとっては、何の役にも立たない。
少し気を抜けばいいと思って、言った俺の言葉は奴のカンに触ったらしい。
あ、また吠える。きた。ワンワンワン。仔犬のような叫び。

「…っ…俺が、留年してもいいってのかよ?きちんと一緒に高校卒業してっ、
 お前と一緒の大学行こうと思ってっ!ど、どーせっ、俺みたいなスポーツ馬鹿は、
 お前の志望校のレベルが高すぎて、今の俺には無理だけどっ!これからも一緒に
 過ごしたいって気持ちがあるんだよっ!」

言い終えれば、興奮の余り涙目になって潤んだ目線で俺を睨む。
あ、ヤバイ。理性が切れそう。泣かせてしまう。泣いた顔は好物なんだけど、
笑った顔の方が好きなんだよなぁ、流石にそこまで悪趣味じゃねぇよ。
落ち着かせようとして頭をクシャリと撫で、奴の顔を覗き込み柔らく微笑む。
――心の中で毒づく俺を差し置いて。


「そんなことしなくても、大丈夫だよ。俺と同じ大学に行きたいから
 野球に打ち込んで、スポーツ推薦を狙ってるんだろ?
 一緒に卒業したいから、留年は御免と思ってる。けど、誤算が一つ。
 俺は、お前が無理なく入れる学校に志望変更したから。安心していいんだよ。」
「…え…ええっ!?」

思っても見なかったらしい、目を白黒させて俺を呆然とした様子で見詰める。
優等生の俺が担任の説得にも応じず、好きな奴と一緒にいたいから、ただ
それだけの理由、けれど何よりも大切な理由で大学のランクを下げたこと。
お前だけじゃねーんだよ、俺だってお前の傍に一緒にいたいこと。

熱血で、頑固で融通が利かない。一本気で実直、今時いなそうな子供。
俺みたいに適当にやってりゃいいのに。
何でこうも、素直すぎるのかな、感受性が高すぎ。そんなんだと、空回りするぜ?
柔和な物腰で眼鏡のブリッジを中指で直すと、机に置かれた教科書に視線を移し、
奴に微笑みながら、数学の公式を奴に分かり易いように丁寧に教える。

お見通しだった俺、やっぱりスポーツに熱中してたのは俺の所為だったのか。
好きで野球してたと思ってたが、不覚。侮れない奴。だから、好きになる。
こんなん教科書には載ってねぇよな、健気な仔犬には餌やんねぇと。


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最終更新:2009年04月04日 18:41