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きっと昼と夜は立場がまるっと逆転するって事さ! さあ踏んで踏んで!

「んじゃ行きます」
「おう」
よっ、と掛け声をかけて、不安定な飾り椅子を二つ重ねたその上に俺は倒立をした。
足の裏がきちんと水平になるように姿勢を整えると、間髪いれずに先輩が
その上へジャグリングをしながら乗ってくる。
ぐん、と腕への負担が増すのが分かるが、先輩はまだ他の団員と比べて軽い方だ。
むしろ男衆の中で一番軽いんじゃないかとすら思う。
おまけにバランスの取り方も上手いので、こういう型を組む場合には
先輩が一番上に乗って見得を切る役になることが多い。
一番多くのスポットライトと歓声を浴びるそのポジションを、
本人はあまり喜ばしく思っていないようだったが。
「うーん、やっぱり椅子だと高さが足りないな。ステージ栄えしない。梯子で行くか」
まるで命が宿ったように生き生きと動いていた8つのボールが
ひときわ高く宙に投げられ、先輩は俺の上からひらりと飛び降りた。
そしてくるっとターンを決めると、美しく腕を掲げたまま次々と落ちてくるボールを受け止める。
その姿を大鏡が映し出していた。

「こら、何やってんだ。お前も降りてポーズ決めないとだめだろ。
 個人練習だからって気ぃ抜くんじゃないぞ」
「あ、す、すみません」

まさか見とれていたとは言えない。
慌てて椅子から降りて頭を下げる俺を横目に、先輩はフロアの隅へスタスタと歩いていくと
そこに置いていたノートを広げて何やら書き込み始めた。

「んー。このタイミングで梯子出すなら、大道具のアレが……」

中身は、講演の進行やその最中の人や物の動き、ライトやSEなど
まぁとにかくステージのことに関する全てを細かく書き込んであるものだ。
いつか構成や演出をやってみたいんだ、と言っていた。
そのために忙しい合間を縫って独学で勉強もしているらしく、最近では団長も
ライトや道具の演出に先輩の意見を取り入れるようになって来た。


学校や映像の勉強だけで演出家になってきた人たちと比べて、
実際に舞台に立っている先輩の切り込みは斬新で面白いものが多い。
それはこの世界ではまだまだ新入りの俺にだってわかっていた。

先輩は、俺が隣に来たのに気づいているのかいないのか
時折鉛筆の尻をかじりながら、一心不乱にノートへ心を砕いている。
俺もいつか先輩の夢が叶ってほしいと思う。だが、それと同時に不安にもなってしまう。
もし先輩が演出一本に転向してしまったら、それはつまり彼がステージに立たなくなるという事だからだ。

俺は、先輩が俺の肩や背中を踏んづけて乗ってくる瞬間が好きだった。
他の誰よりも軽やかで、安定していて、絶対の安心感を持って堂々と型を決められる。
あとで講演の映像を見たって、先輩の見得は本当に美しいのだ。
そして、今目の前でノートに視線を落としている凛々しい横顔。
ステージの上のきらびやかな姿とはまた違うけど、これも俺の好きな顔だ。

「ねぇ、先輩」
「何だ?」
「キスしてもいいですか?」
「……お前はすぐキス以上をしようとするから駄目だ」
「えぇっ」
「大体、興行中とその前後一週間は禁止だって言ってあるだろ!
 体力馬鹿のお前はいいかも知れんが俺は大変なんだぞ!」
「いえ、本当にキスだけですってば」
「駄目だ」
バシ、と閉じたノートを顔面に叩きつけられた。
「ほら、さっさと続きやるぞ!」

すっくと立ち上がってフロアに戻る先輩を追いながら、俺は先程の不安を胸から消した。
舞台に立っていようがこうしてじゃれていようが、あの人はあの人だ。
それは変わらないし、俺が先輩を好きでいるのにも変わりはない。
ただ俺の背中に彼の足跡さえ残っていればいいのだ。