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アンドロイド×科学者


その人型のロボットは、人間のような感情と、それにともなった行動を人の手で作り出そうと企画されたものだった。
人と同じ繊細な動作を可能にするボディ、高度な演算によって心を生み出す電子頭脳を併せ持つそれは、作られた後、学習によってその機能を得ようとしていた。

「だから、私はあなたのことを愛しているのです」
人に似せて作られた、しかし無機質の顔が軟らかな表情をうかべる。決して豊かな表情ではなく、違和感を与えない程度の、あえかな変化。
しかしこれまでT-5に「感情」を教えてきた松田は、感動を覚えた。
ここまで来たか。T-5に子猫を与え可愛がることを教えた日々を思い出す。
子猫は可愛がって育てるものだ、というただのインプットをなかなか越えられなかった日々。
そのT-5が、こうして今、他の存在に自ら愛を告げている。
「その判断はどこから来たんだ、T-5」
興奮して松田は叫んだ。T-5に生じた現象を、なんとしても記録し解き明かさねばならない。
「あなたが私に教えてくれた膨大な事例、それら全てを吸収して統合した結果、私には心と呼べるものが芽生えつつあります。
そのことに、私は喜びを感じます。喜びとは、私の存在に有利である、ということです。
私はもっと多くの事例を学び、私という存在を高めたい。これは、私が存在するための理由でもあります。
つまり、私が存在するに当たってあなたが必要です。それはあなたが好きだということです。
自分にとってもっとも大切な存在を『愛する』のだと私の中のデータにあります。
よって、私はあなたを愛するのです」
「T-5、今の言葉は記録しておいて。あとで取り出すから」
はい、と答えるT-5を前に、松田は首を傾げた。
論理に破綻はないようだ。これまで、T-5には自分の存在に有利なものを好と判断せよと教えてある。
松田はさらに首をひねった。
もっとも大切な、好きな気持ちを愛と呼ぶ。これは正しいのだろうか。
確かに、広義的にはそれを愛と呼ぶかもしれない。しかし、それでは「大好き」と変わらないのではないか。
教え損ねたのだ、とふと気づく。
松田の次の教えを待つT-5にはない、生き物にしかない機能。生殖。
松田は思う。狭義の愛は、つまり生殖本能だ。人が人を愛するというのは結局のところ性愛であり、性欲という本能である。
T-5にセックスは必要ない。だから愛は教えていない。
これは重大な齟齬であり、本計画の根源的な問題かもしれなかった。

しばらく考えて、松田はT-5に言った。
「T-5、その感情の名は愛じゃない。僕のことが好き、ただそういうだけのことだ」
「一番好きなのです」
「では、子が親を慕う気持ちにもっとも近いのではないか。それは愛かもしれないが、なら『おとうさん、大好き』が適切なせりふだ」
「おとうさん、という呼び方には違和感をおぼえます。私はあなたを愛していると感じています」
「では、後輩が先輩を慕う気持ち、生徒が師を慕う気持ちに近いのではないか」
「もっとも近い表現は、『あなたを抱きしめたい』です。あたたかくて柔らかで、大切で愛おしい存在に対して抱く気持ち、
 それ以上に相手のことをもっとよく知りたい、いつまでも一緒にいたい、同化してしまいたい、
 そんな気持ちを私は『愛』だと判断しました」
たしかに、子猫を飼ったときにそんなことを教えた。
しかし、松田はたじろいだ。こんな真摯な愛の告白を聞いたことがなかったから。
(違う、違う、私はT-5に正しい感情を教えなければいけないのに)
「……T-5、愛とは男女の間に生じる生殖行為のための恋愛感情だ、お前のは愛じゃない」
T-5の電子頭脳はしばらくの演算の後、答えを出した。
「同性間での性行為は記録されています。性行為の有無が愛の条件なら、私にはそれが可能です」
T-5の腕が松田の白衣を包む。その力はあくまで優しく、適正で、T-5が自分を『愛おしく』思っていることが松田にはよくわかった。
「愛してます」
機械の体にどこまでの性能が備わっていたのか、松田は身をもって知ることになった。