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竜騎士と竜


「元々竜になど乗りたくなかったんだ」
嘘だ。
精鋭のみで構成された竜騎士団の一員になるためは、己の技量だけでなく、竜に認められるだけの人格であることが必要だった。
それ故に、俺にとって竜騎士の称号は誉れで、憧れで、騎士を志願した時からの夢は常に竜の元にあった。

「あんたに選ばれて、周りが期待していたから仕方なく引き受けただけだ」
それも、嘘だ。
誇り高い竜に、騎手として選ばれた喜びは何物にも代えがたかった。
築き上げた信頼と、同胞の情。
初めて飛んだ空は綺麗で、その背中になら躊躇いなく命を預けられた。

「気持ち悪い化け物。どこにでも失せろ」
「お前の嘘は本当に下手だな、カイ」
静かな声に呼ばれて、俯いていた顔を上げる。黄金色の目が、静かに俺を見ていた。
ああ、嘘だ。彼は常に気高く、美しかった。
光に照り映える赤銅の鱗に覆われた、この世の何よりも強靭な体。
真珠色をした爪も牙も、ほんの一撃で人の命を奪えるほど鋭利だったけれど、俺を傷つけたことなど一度もなかった。
何より、常に理知の光を湛えたその目を見ると、いつでも不思議と心が落ち着いた。

「ヴェル、俺は」
冷たい表情など、作れなかった。
瞬いた拍子に泣きそうになった俺の頬に、ヴェル――ヴェルメリオは顔を寄せる。
俺が太く頑丈な首に両腕を回して頬を擦り付けると、彼は低い困ったような声で唸った。
「顔に瑕がつくぞ」
鱗が頬に触れ、ざりざりとして痛い。それでも構わなかった。
元々傷など体中にある。見目など俺も、それにヴェルもけして気にはしない。
「……俺達のいない間に、陥落したんだな」
「そのようだな」
「王城に敵旗が挙がっている」
「そうだ」
応じる声は静かだったが、その中にも俺を気遣うような慈愛があった。それが、心臓に刺さるように痛い。
陛下の遣いに、他のどの竜よりも速いヴェルと乗り手の俺が選ばれたのは、つい三日前のこと。
隣国との間の戦況はのっぴきならず、だからこそ一昼夜けして休むことなく空を駆け、他国より色よい返答を持ち帰ったというのに。
――戻ってみれば城下町は、かつての面影を失っていた。
「それでもお前は、行くのだろう?」
「……まだ、助けられる者がいるかもしれない。でもあんたが一緒に来ることはないんだ。俺の勝手な行動に付き合わせることになる」
騎士として、その国で時を過ごしてきた。
想いの深い場所も人も、多くがそこにある。
僅かな希望にでも縋らずにはいられない――どこかに、まだ他の騎士達や王族が、救いを待つ民が、いるかもしれない。
けれど愛竜を危険に晒すのは気が咎めた。言えばきっとヴェルは、俺のために来てくれる。
だから、嘘までつこうとしたのに。
「お前は私が選んだ、唯一の騎士。お前の大切に思うものは、私にとっても同じ。共に往かせてもらうぞ」
「……そう言うと、思ってた」
首を両手で撫でて、俺はヴェルの顔を両手で挟む。彼はいつもの自信に満ちた、それでいて優しい目をしていた。
「だが、カイ。生を捨てる覚悟などしてくれるなよ。
 お前は勇猛で誇り高いが、無謀であることとそれは異なるものだ」
「あんたは本当に、お説教が好きだなあ」
笑うと、目の縁から涙が落ちた。ざらついた舌でそれを舐めて、ヴェルはくつくつと器用に笑う。
そしていつものように、俺の脇に頭を垂れて、背に乗れと促した。

広げられた翼は巨大で、美しく、勇壮だった。

――彼となら、何でもできる。何も恐れるものなどない。
初めてその姿を見た時、そう思った。その感情が蘇って、泣きたくなるほどに、嬉しかった。
俺の傍にいてくれる、たった一つの、十分すぎるほどの希望。
「……こうなったら何処までも付き合ってもらうからな、相棒」
「承知の上だ」
目を細めて笑うヴェルの頭を軽く叩いて、俺はその背へと飛び乗った。