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リアリスト×オカルト好き


「くだらねえよなあ」
出来上がった見本誌を興味なさそうにぺらぺら捲りつつ編集長がぼやいた。
読んでいるのは我が出版社の唯一にして看板の雑誌、その最新号である。
オカルト雑誌なんてくだらない、というのがうちの編集長の口癖だ。
この口癖を聞き続けてそろそろ一年になるが、そのときの俺はその言いようが聞き流せなかった。
「それじゃあ聞きますけど。なんで編集長は編集長なんですか」
「なんだその質問。哲学か?」
「違います。どうして編集長はオカルト雑誌の編集長やってるんですかってことです」
言い直すと、編集長は皮肉っぽく笑ってから答える。
「そんなもんお前、日々の生活の為だよ」
「生活の為に、くだらない雑誌作って世間にバラまいてるんですか」
先月いっぱい取材して二徹までして完成させた記事(『死の世界へ繋がる公衆電話』現地レポート)を
軽んじられた気がして、俺の口調は刺々しいものになる。
「それって、読者の人に失礼だと思います」
もしも自分がこの雑誌の熱心な読者だったらと想像する。自分の愛読雑誌が作り手によって
「くだらない」と言われていると知ったらきっと憤慨するだろう。というか絶対する。
一年前の自分に伝えたら、就職先を考え直すレベルだ。……いや、出版社に乗り込んでこの人を一発殴るかも。
そんなことを悶々と考えていたら、「お前なあ」と呆れたような声が聞こえた。
顔をあげると、編集長は煙草にライターで火をつけながらこちらを見ていた。
少し真面目な表情になっている。
「俺は別に手抜きの雑誌作りをしてるつもりはねえよ。読者が何を求めてるか把握してそれを提供するのが俺の仕事だ。
 お前だって今月号のこの記事、手間隙かけて取材して何度も原稿直したんだろ?読者に伝わりやすいように」
思わぬところで話題が俺の記事に及んで、反応が遅れてしまった。
「えっ、まあ、そりゃあ、頑張りました、けど」
「そのお前の姿勢が、読者への失礼にあたるのか?」
「いや、あの………。え?」
「あの記事はなかなか読みやすいし、落としどころも上手い。読者ウケもけっこういいんじゃねえかと俺は睨んでる。
 反響あったら追加取材もいいかもな。それかシリーズ化もいいだろう。読者のニーズに応える、当然のことだ」
思い切り論点を摩り替えられている気がしたが、そのときの俺は編集長に記事を褒められたことの方に
意識の大部分を持っていかれていて、突っ込むことができなかった。
それどころか、しどろもどろに「ありがとうございます」などと言う始末。俺は馬鹿か。
「いいか、よく聞け」
俺が怯んだ隙をつくようにして、編集長はたたみかけるように喋る。
「お前がオカルト大好き野郎なのはよく知ってる。だがそれと雑誌作りをごっちゃにするな。それは公私混同だ。
 俺達が読者へ提供するのはエンターテイメントだ。読者の求める真実と、オカルトの真実をイコールにしてはならない。
 ただ単に情報を羅列しても何の意味もない。俺達は『オカルト』というものをどう料理して客へ出すかを心得たプロであるべきだ。
 俺達が材料をどう思っていようが読者には関係ない。雑誌の中身で読者の欲求を満たせるか、シビアだがそれが真実。
 百パーセント真実だけを載せてもそれは生野菜を適当に転がしてるようなもんだ。素材を生かすには適量の虚構が必要だ。
 俺達はどれだけ読者の目を欺き、虚構の混じった真実を読者好みのエンターテイメントに仕上げるか、その一点に尽きる」

機関銃のように捲くし立てられて、俺は頷くことしか出来なかったが、
「ま、そういうわけだから。俺がこれをくだらねえと思ってようがどうしてようが、中身がよけりゃいいんだよ。
 飽きられたらおまんま食い上げだろ。飯のタネを捨てるほど俺は愚かじゃないし、平穏に暮らしたいからな」
という締めではっとし、思わず自分のデスクをバンと叩いた。
「ですから!そういう言い方しないでくださいよ!」
「うるせえなあ。中身がいいんだからいいだろ」
「もう誤魔化されませんよ!?」
この編集長はいつもそうなのだ。
もっともらしいことを次々と並べ立てて煙に巻く。相手をのせて自分のペースに巻き込んで、我を押し通す。
俺がこの出版社に入社したのだって、この編集長の口先八寸が原因だし。(俺がここの雑誌を愛読していた経緯もあるにはあるが)
「そもそもなんでオカルト信じてないのにオカルト雑誌の編集長してるんだっていう話をしてるんです!」
「……。お前、たまにめんどくせえよな」
飄々と肩を竦めて見本誌をデスクに放ると、編集長はやれやれと呟いて立ち上がった。
そして長い溜め息を吐きながら俺の方へと近づいてきたかと思うと、座ったままの俺の両肩に手を置く。
「なっ、なんですか」
やばい噛み付きすぎて怒らせたか?まさかクビなんてことは…と
内心びくつく俺の心を見透かすように目を細めて、編集長はこちらを覗き込んでくる。
「信じてないって、なんだ?」
「は?」
「お前はお前であることについて信じるとか信じないとか考えたことがあるのか?」
「なんですかその質問。て、哲学ですか」
さっき彼が言ったセリフをそっくり返すと、編集長はにっこりと笑う。
なぜだか、ぞっとした。
「あんまり駄々をこねるとこうなるってことだよ」
そう言ってから彼は更に屈み込んで顔を近づけてきて、俺にキスをした。
唇に。思い切り。キスを。
十秒後。フリーズしたままの俺から顔を離すと、編集長はまたいつもの雰囲気に戻って皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「仕事熱心なのはいいが、ほどほどにしとけよ。深みに嵌ると抜け出せなくなるぞ。現実見ろ、現実」
「…………」
「つって、テメエが言うなって話だな」
ははははと豪快な笑い声をあげて、俺の肩をぽんぽんと叩いて、編集長はまた自分のデスクへ戻っていく。
俺は呆然とその後ろ姿を見つめていた。
(な、なんだ今の)
顔が熱い。頭の中が混乱の極みでぐちゃぐちゃしている。ついでに体もだるい。
締め切り前の追い込みによる肉体疲労と(考えたくないが)さっきのあれによる精神疲労でどっと疲れが出たのか。
反論する気力を削がれた俺は、その後は大人しく次の取材について企画書を書き始めた。
あんなセクハラかまされたら身の危険を感じて仕事を即辞めてもいい筈なのに、そのときの俺はそんなこと毛ほども考えていなかった。
いつものように「また煙に巻かれた」と思う程度で済ませていた。

今思えば、おかしいと思うべきだったのだ。自分の思考と認識がほんの少し方向付けされていたことに。
しかし同時にそれは無理な話でもあった。

『それ』に気付く頃には、俺は抜け出せなくなっている。