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手の甲に口付ける


「しょっぺぇ」

 アイツはそういって口を拭いながら笑う。

「いや、当然だろ」

 オレは別に汗かきというわけじゃないが、汗をかかないわけでもない。

「そもそも何で俺なんだよ」
「お前だからだよ」

 相変わらずのアイツの謎理論にオレは盛大にため息をついてやる。
 するとアイツの目がどことなく自信がなくなることをオレは知っている。
 だがそんな風な目で見つめられても申し訳なくとかなんない、オレは。
 それどころかもっとしおしおにさせたくなる。

「相手役もいるんだろ、なんで俺なんだ」
「さっきから言ってるじゃん……お前だからって」
「いや、だからその相手役と練習すればいいじゃん」

 アイツは演劇部、学園祭で出店をすることもなくただ舞台の上で演じる男。
 ちいわけでもでかいわけでも太いわけでも細いわけでもない、筋肉質というわけでもないしひょろひょろしてもいない。
 だからこそ無個性を求められる劇の主役に抜擢されるんだが。
 だがオレからすればアイツの演じ方は全て個性的だと思う。
 肺活量はアスリート並みなのか長台詞だって一気に言えるし、立ち振る舞いだって他人を活かす動きだ。
 まあ……、地味だと評されることが多いのは知っている。
 だがオレはその他人を静かに活かす動きにあこがれた。
 だというのに……。

「いやー、相手役の子さ、今日はすぐに帰っちゃって……」
「は?そこは引き止めろよ……」
「い、言えないしさ……」

 アイツは舞台を降りればすぐにこれ、自信と度胸の無い男。
 演じている姿はいいのに、どうしてこうなった。

「つまり俺はその相手役の代わりってことですかそうですか」

 むかつく。

「そういうわけじゃないんだなぁ……」

 そうやって本当に知りたい部分は持ち前の地味な演技で隠す。

「じゃあどういう……」
「それよりもう一回もう一回」

 そういうとアイツはオレの前に跪き、オレの手を恭しく持つ。
 そして、その唇をオレの手の甲に落とした。

 ……長い。

「ああ、麗しき姫よ、あなたのことを探し私はついにここまで……」

 アイツの台詞を聞き流しつつ、オレは横に目を向ける。
 こんなのでもうれしいなんて、なんでオレはアイツを好きになったんだろうか。
 舞台上のアイツに憧れ、舞台から降りたアイツの駄目さに恋した。

「なぁなぁ!さっきの俺の演技何点!?」
「0、0だ0」

 アイツは露骨にショックを受けたような演技をして見せる。
 オレ以外に向けた言葉や演技に点数をつけたくなんてなかった。

「そんなことより、お前口付け長すぎ、蚊に刺されたようになったじゃないか」

 そういうとアイツはくしゃりと笑って手の甲の赤い跡に爪を立ててばってんをつけた。

 ……またアイツはオレの体に痕跡を残した。