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許されない二人


「慶一…もう、ここに来るのはやめるんだ」

薄い布団の中、優(まさる)は自分を抱きかかえている慶一に言い聞かせた。
激しい情事に耐えた体はまだ重い。普段はどちらかと言えば物静かな少年である慶一は、
情事の時だけ、抑えていた何かを発散するかのように優を翻弄する。
十八歳の優とちょうど一歳差の十七歳で今年高校三年生になる慶一は、まだ優より
少し背が低かったけれど、このところまた背が伸びたようだから近々優を追い越すかもしれない。
「どうして…どうしてそんなことを言うの、優…」
慶一が身じろぎし、真冬であるにも関わらず汗にしっとりと湿った二人の素肌がこすれた。
窓の外にはしんしんと雪が積もっている。心なしか色素の薄い慶一の髪を優が撫でた。
「男同士だから? 僕がこの家の跡取りで君が使用人の子供だから? 僕が受験生になるから?」
その全部だよ、と優が答えようとした、その矢先だった。

「それとも…君と僕が兄弟だから? ねえ“兄様”?」

楽しげに歪められた唇からこぼれた言葉を聞いても、優は始め呆然としていた。
一瞬遅れて、優は慶一の腕を振りほどいてがばりと布団から身を起こした。
「慶一、お前…知って…」
「知らないでいられるはずがないじゃないか。どうしてそう思ったの?」
くすくすと笑いながら言う慶一を、優はふたたび呆けたように見つめた。

旧家である菅間家の広大な敷地の外れに、ひっそりと建てられた離れ。
慶一は誰もが寝静まった頃を見計らって時折そこを訪れた。
それを受け入れた優も、始めはまさか慶一とこんな関係になるなどとは思ってもみなかった。

「全部知っているよ…優の母さんが父様の妾(めかけ)だったことも、母様の子より優れるように
君に『まさる』って名を付けて母様とつかみ合いの喧嘩になったことも、
家の中で騒ぎが起きたのに懲りた父様が君の母さんを捨てて外に新しい妾を囲うようになったことも、
万一の時のための保険に君と君の母さんを離れに置いておくことにしたということも、ね」
慶一は十七歳の少年が知るにはいささか残酷すぎる事実をすらすらと語った。
残酷というなら優にとっても同じことだが、優はそれよりも慶一の心の方が心配だった。
おしゃべりな女中にでも聞いたのか、それにしても何もそこまで教えずともいいだろうに…
同時に、こんなことをまるで他人事のように話す慶一に対して、少々空寒い気持ちがした。

屋敷の敷地内には他にも使用人の子供が何人か住んでいたが、
慶一はどの子供とも遊ぶことを禁じられていた。とは言え、幼い身に余る好奇心が
抑えきれるはずもなく、慶一は十歳の時に一度、とりわけ年が近い優を遊びに誘った。
優は地元の公立小学校に、慶一は私立の一貫校に通っていたから、
顔を合わせるのは屋敷の中でだけだ。優は慶一が異母弟であることを知っていた。
慶一を恨む気持ちもあり、最初は躊躇していた優も、慶一がしつこいので仕方なく付き合うことにした。
しかし学校では妾の子といじめられ、同世代の子供と遊んだ経験の少ない優は、
たちまち慶一と過ごす時間に夢中になった。母に決して慶一と関わるなと言いつけられていたことも忘れ、
気が付けば奥様…慶一の母に二人一緒のところを見つかって大目玉を食らったのだった。
言いつけを破った自分がいけない。それからは慶一を見かけても無視を決め込んだ。

ところが優が十五歳の冬の夜、遅くまで高校受験の勉強をしていた優の部屋の窓を叩く者があった。
(優…)
慶一だった。寒い夜だ。追い返すのも気が引け、仕方なく窓から慶一を招き入れた。
慶一と遊んだたった一日の記憶は、優の心に深く刻み込まれていた。

相変わらず孤独な少年だった優がそのまま高校生になっても慶一と会い続けたことを、
そして慶一がある晩優に口付けて組み敷いた時に拒めなかったことを、誰が責められるだろうか。
慶一を拒めばもう会ってくれなくなるかもしれないという思いが頭をかすめ、優は抵抗を諦めた。
兄弟なのに。身分が違うのに。男同士、なのに…優には自分が慶一を愛しているのか、
弟として可愛いと思っているのか、それとも単に慶一と会えなくなるのが寂しいだけなのか、分からなかった。
ただ、こんな関係を持ちかけてきた慶一は当然優との本当の間柄を知らないのだと思い込んでいた。
慶一の母は、慶一の耳に真実が入らないよう神経質なほど気を遣っていると聞いていたからだ。
ずっと慶一をだまし続けることに罪悪感が湧いて、別れを切り出したのに…

「…いつから、だ…」
「初めて遊んだ後のことだよ。いつもは大人しい母様があんまり怒ったのが気になって、調べたのさ」
名家の令息らしく優より色の白く、どこか華奢な体。常なら愛おしく思えるその体に、
一体何が潜んでいるのか…優は急に恐ろしくなってきた。
「あの日から、優のことがずっと忘れられなかった…どうしてこんなに好きなのかと思っていたけど、
兄弟だと分かって納得したよ…でも、優は僕が知らないと思っていたみたいだから。
優のことだ、僕が知っていると分かったら会ってくれなくなると思ったんだ」
うっとりと話し続ける慶一に、優は言葉も出ない。
「父様と例の、新しい妾の間にも子供がいるらしいよ。僕たちの妹か弟だ…
妹だといいなあ。優の弟は、僕一人きりでたくさんだもの…」
慶一が、ふいに優を押し倒した。その瞳は爛々として、すっかり情欲に濡れている。
「、よせ、よしてくれ…」
いつもはどこか虚ろな慶一の目にこの時だけ光が宿るのを、優は知っていた。
いけないと分かっているのにそのことが嬉しくて、知り尽くした優の体をまさぐる慶一の手も心地いい。
優は言葉とは裏腹に、容赦なく襲ってくる悦びに喘いだ。

(行く学校も、将来の仕事も、全部がもう決められているんだ、僕は)
まだ体の関係を結ぶ前、慶一がぽつりと言ったことがある。
(何一つ自分の自由にはできない…まるで籠の鳥みたいだよ)
冗談めかしてはいたが、慶一が家のことで愚痴をこぼしたのはその一度きりだったことが、
かえって真実味を増していた。慶一もまた、優とは別の意味で孤独なのだった。

二度目の情事を終えて、慶一は甘えるように優に身をすり寄せた。
結局、重大な真実が二人の間で共有された後も、優は慶一を拒むことができなかった。
「優、来年の春から仕事をするんでしょう?」
「うん…」
優は高校を卒業した後、ここから離れた職場に就職することが決まっている。
この屋敷からでも通えるには通えるが、これを機に思い切って家を出る、はずだった。
慶一とまた離れがたくなっている自分がいる。何という意志の弱さだろうと優は自嘲した。
「いいなあ…大学なんかに行きたくない。僕も早く働きたいよ」
一呼吸おいて、慶一が優の耳元で囁いた。
「ねえ優…僕を連れて逃げてよ…僕も何か仕事を見つけるから、さ」
情事では男役をしているくせに、慶一はまるで女のようなことを言った。
優も男だから、こういった類のことを言われては庇護欲を刺激されてしまう。だが。
「そんな、おれは……」
優は目を泳がせた。慶一は一流の大学を卒業した後、菅間家の経営するグループ企業の
いずれかで働くという将来が約束されている。慶一ほど頭が良ければどこの大学にでも受かるだろうし、
きっと優秀な経営者になれる。そんな輝かしい未来を、自分が奪っていいものか。
だいいち腹違いとは言え兄弟という間柄で、こんな関係…罪深くはないだろうか。
だが、慶一は自分といたいのだという。そして、優も…

「ねえ、優ったら…、ん、」
珍しく優の方から深い口付けを仕掛ける。拙い舌の動きにも、慶一は敏感すぎるほど反応した。
「…ずるい、こんなこと、今までしてくれなかったくせに」
慶一は目を蕩けさせながらも、優に抗議した。その目から視線をそらして、
優は慶一の顔が見えないよう、慶一の頭を胸に抱えるようにして抱きしめた。
「僕には、優だけいればそれでいいんだ…父様も母様も…名家の御曹司なんて肩書も、要らない」
裸の胸に、慶一の声が滲み渡って消える。
「愛してる…愛してるよ、優…」
兄として、人として…一体何が正しいのだろう。優は慶一の言葉に答えることなく、慶一の体をさらに引き寄せた。