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三角関係


拝啓、先生。お元気でしょうか。
こちらはすこぶる元気であります。
唯一文句を言うのであれば、この現代社会には楽な死に方なんぞ言うものが存在し得らないことだけでしょうか。
きっと先生がこの手紙を読む頃には、ぼくはさんざん苦しさを耐えて物言わぬ姿になった後なのです。
誉めろとは言いませんが、痛みは苦手なぼくがここまで頑張ったと言うことだけは覚えていてほしいのです。
ああ、でもぼくが何の考えも無しに消えたのだとは思わないでくださいね。

ぼくは生まれ変わったら星になりたいのです。
アルタイルでもベガでもデネブでもなく、名のない小さな小さな星。それでいいのです。
ぼくはあの天の空の中で小さく光っていたいのです。
なぜそんなことを、と先生はきっと笑うのでしょうね。無意識のうちに握る癖のせいでしわになった白衣の裾を、痕を付けるように、ぎゅうと握るのでしょうね。
そして、その優しげでどこか不安そうな宵闇をたたえた瞳を歪めて、掠れたテノールで呟くのでしょう。なぜ、と。

ぼくはもう疲れてしまったのです。
白鳥は水中で懸命に足を動かし、そうして進みます。けれどもぼくらには全然そんな風には見えない、そう、先生はおっしゃってくれましたよね。
泳ぐために足を動かす白鳥が、もしも歩みを止めてしまったら、そうしたら沈むしかないのだと思うのです。
ぼくは、疲れてしまったのです。
白鳥のように気高く、美しく、清廉であろうとし続けることに。そう望む大多数の彼らに答えるために、汚ならしく足を動かすことに。

ぼくはどこで間違ったのでしょうか。
いつしかぼくが為す全ての事は、ぼくの四肢を雁字搦めにしてしまい、固く冷たい南京錠で閉ざしてしまうのです。
身動きがとれないまま、息をし続けるうちにぼくの身体は光る水面から、深々と僕を飲み込む黒い虚のような水の奥へと沈んでしまうのです。
今ぼくはこの身体を縛られて、沈む時はもう迫ってきているのですから。

あなたはね、ぼくがぼくであれる最後の砦だったのです。
きっとぼくはあなたのことを好いていたのです、それも友愛や親愛では務まらないような深度でのことなのでしょうね。
ぼくは先生の側でのみ、自分を忘れずにいらたのです。
先生のことを思うだけで高鳴る胸も、紅潮する頬も、弾む鼓動も、全てすべてすべて。
ぼくは先生、あなたのために生きていたような、そんなものなのです。
これを、恋と呼ばずしてなんと呼ぶのでしょう。愛でしょうか?それとも、依存なのでしょうか。ぼくは、あなたがいるから生きれたのです。

先生、ねえ、せんせい。
ぼくはほんとうは、ずっと分かっていたのです。
先生はぼくのことを見てはいないこと、ぼくの影を通してぼくではない彼をずっとずっと見つめていること。
あなたがぼくに優しいのも、ぼくに構ってくれるのも、ぼくと側にいてくれるのも。
ぼくに瓜二つと言われていた、父の面影を追っていることを、ぼくはずっと分かっていたのです。
しょうがないのです、ぼくは先生を恨むことなんて出来はしないのです。
姿は似ているといえども、ぼくと父には雲泥の差、越えられない壁。何から何まで父はぼくよりも優れた人ですので、先生が父に惹かれてしまったのにもしょうがないと思うのです。

しかし、いや。だから、ぼくはあなたに最初で最後の復讐をしようと思ったのです。
ほくは先生の一番にはなりようがないのなら、せめて少しでもぼくを覚えていてほしいのです。
ぼくはきっと、いいえ確かに。生まれ変わり空にささやかに光る星になっています。
そうすることで先生は星を見るたびにぼくを思い出せるのです。
先生の恋のせいで首を吊ったぼくのことを、輝く美しい星を見るたびに。
男同士の三角関係、何て言う腐りきってしまった阿呆な感情で潰えたぼくのことを、あなたはきっと思い出すのです。
そうして傷付いた先生はその身をぼくによく似た父に慰めてもらうのでしょうね。
父に抱かれながらあなたは何を思うのでしょうか、今までのような感情ではいれないのでしょうね。
なにせ父はぼくにとてもとてもとても、よおく似ているのですから。
そうやって、ずっとずっとあなたはぼくのことだけを思って後悔して生きていって下さい。

ね、先生。
ぼくはいま、きっとほんとうのしあわせになれるのです。