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シガレットキス


 目の前の男が煙草を吸うのを、努めて目に入れないように、顔をそらして発泡酒を一口。缶をテーブルに置いて、溜息を押し殺す。
 新たに漂ってきた煙草の煙に、喉の奥と手がうずうずするのを強引に押しとどめる。
「で、」
 声に視線を戻すと、煙草を口元に持って行くところがばっちりと目に入り、そこに釘付けになる。ヤツは殊更ゆっくりと、
ふはーと煙を吐き出し、おもむろに口を開いた。
「お前、そのやせ我慢いつまで続ける気?」
「やせ我慢じゃねーしっ」
 目が泳ぐのをごまかすように、更に酒をあおる。
「まぁ、そう言うなら、俺はなんもいわんけど」
 言いながら、紫煙をくゆらす煙草を持った手で頬杖をつく。そして、あろう事かヤツは、俺の目の前で指でつまんだ赤マルの箱をゆらゆらと揺すって見せた。
「やせ我慢じゃないなら、こんな事しても平気なんだろ?」
 ニヤニヤとした意地の悪い笑顔つきで。
 禁煙二日目。
 俺は何も返せず、ただ歯がみした。
「しっかし、お前はいっつも考えたりないよな」
「んあ?」
 頭が重くなってきて、うつむきがちになってきた顔を無理矢理上げると、ヤツは煙草の箱のセロハンを剥がしているところだった。いつの間にか灰皿に吸い殻が溢れている。
「今日飲みって自分で言ったくせに、前の日から禁煙とか、さ」
 箱を開け、銀紙をはぎ取る。
「煙草と酒なんて、セットだろ、セット」
 一本取りだし、口へ。
 俺の目の前には、煙草が一本。ご丁寧に、フィルターをこちらに向けて置いてある。禁煙やめたくなっても言い出しにくいだろうから、などとのたまって、目の前の男が置いたものである。俺って親切だなぁなどという余計なコメント付きで。
 ライターを擦る音、ふはーと煙草を吸う息づかい。
 そういや俺なんで禁煙はじめたんだっけ、なんて、ぐらぐらする頭で考える。思考がまとまらない。目の前には大量の空き缶。俺の近くにある空き缶の方が明らかに多い。いつもより沢山飲んでるなぁ。
「そりゃ煙草吸ってないからだろ」
 ん?と首をかしげる。
「あれ、俺口に出してた?」
「おい酔っぱらい」
 呆れたような顔。
「もうそれくらいにしとけ」
 長い腕が缶を取り上げていって、むっと口をとがらす。
「うるせー、返せよ」
 無理矢理むしり取って、そのまま酒を煽る。中身がこぼれて顔にかかったが、気にしない。
「お前に俺の苦しみが分かってたまるかってんだ」
「自分で禁煙するって決めたんだろうに、なに言ってんだ」
「しゃーねーだろっ、煙草やめるよりそっちのがしんどいんだから。願掛けの一つもしたくなるっつぅのっ」
「はぁ?」
「だから願掛けダヨ願掛け!人の気も知らないでへらへらしてくるくせに、んなこともわかんねぇの?」
「ちょっと黙れ酔っぱらいが。話かみ合ってないんだよ」
「かーみーあってるっつぅのっ!願掛けの意味もわかんねえのかよ、ばっかだなぁ」
 缶を置いてふぅやれやれってやろうとしたら、手に何かがぶつかった。
「あ、ばかおまっ」
 どうやら灰皿をなぎ払ってしまったらしい。くわえ煙草になって灰皿を戻してるのを見てたら、いいことを思いついた。
 目の前の煙草をくわえて、ヤツの胸ぐらを両手で掴む。こっちに身を乗り出してくれていたおかげでたいそうやりやすい。
そのまま煙草の穂先を合わせて、火をいただくことにする。
 穂先の赤さが移るのを確認して視線を上げると、ヤツは目をかっぴらいて固まっていた。いつも一喜一憂させられてるんだ、いい気味だ。ふへっと笑いそうになって、慌てて煙草を押さえる。反対の手で肩をこづくと、ヤツはそのまますとんと座った。   ふと気付く。ヤツは耳まで真っ赤になっている。なんだ、酔っぱらってんの俺だけじゃないじゃねぇか。
 俺は溜飲を下げて約二日ぶりの煙草を堪能した。