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陰間の恋

「お前は本当に可愛いね」
初会の時から会うたびに囁かれるその言葉が、今ではもうただの世辞でしかなくなっているのだと分かっている。
この人と出会った頃は顔や体つきにまだ辛うじて残っていた幼さは、今ではもうすっかり消えてしまった。
飯を減らしても背が伸びる。朝晩抜いてもひげが生える。子供から男になってしまった自分が陰間でいられる時は、もう長くはない。
それとも陰間を辞めるよりも、この人に世辞ですら可愛いと言ってもらえなくなる方が早いのだろうか。
「旦那様……」
それでも少しでもその時を遅らせたくて、作った高い声で上目遣いに呼びかければ、その人は苦い顔になった。
「今日も私の名を呼んではくれないのかい?」
申し訳ありませんと謝るのも白々しい気がして、何も言えずにただうつむく。
他の客ならばいくらでも求められるままに名を呼べる。一夜だけの恋を捧げて、朝になれば忘れてしまえる他の客ならば。
けれども、この人だけは名を呼ぶことが出来ない。ひとたび口にすれば、その途端に心の奥深くにその名が刻みつけられてしまうから。
すでにこの人の顔も声も手の優しさも肌の熱さも、心と躰に刻みついてしまったのだ。いずれこの人と会えなくなっても刻みついたものは消えてはくれないだろうから、せめてその名くらいは刻みつけずに忘れられるようにしておきたい。
謝ることも求めに応じて名を呼ぶことも出来ず、仕方なくそのまま黙っていると、やがて頭上からため息が降ってきた。
「まあ構わないよ。お前が私の名を呼んでくれるまで通い続けるだけのことだ」
思わず顔に出てしまった喜びは、幸いうつむいたままだったから見られずにすんだようだ。
「おいで」
少し寂しそうな声で告げられた求めは今度は素直に従うことが出来るものだったから、顔を上げて頷いた。
そのたくましい腕に身を任せながら、この人に少しでも長く通い続けてもらうために、どれほど請われても決してその名を呼ぶまいと固く心に誓っていた。