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病弱と不死身

「珍しいのが来た。」
自分の席に腰を下ろした瞬間聞こえた透き通る声を、僕は無視した。
「久しぶりに来た。」
続けて聞こえた声はさっきより少し高く弾んでいる
僕の口は返事を放ちたくてムズムズしていたが頑張って我慢した。
あと二時間ほどさらに我慢しなければいけない、僕の口はまだムズムズしている。

「芥川、居るかい?」
二時間と少し後、夕焼けに染まる屋上で僕は自分にしては大きな声を出した。
「居るよ。」
その声と同時に僕の隣へ生ぬるい風が強く吹き込む。
思わず閉じた瞳を開けるとそこには、古めかしい制服に真ん中分けの黒い髪
猫みたいな目を細めて笑う淡く透けた少年、さっき僕が呼んだ"芥川"が立っていた。
「君に会うために、久しぶりに珍しいのが来たよ。」
ずっと返したくてムズムズしていた言葉を言えて僕の口はようやく大人しくなった
芥川はちょっと間抜けな顔で固まった後、腹を抱えてうははと笑い出した。

芥川は幽霊だ、僕がまだ小学生で病院にいた頃に初めて会った。
芥川は全身黒ずくめだし半透明だったから僕は最初彼を死神だと思った。
だが当時小学生にして既に人生を諦めかけている刹那主義者だった僕は
その死神ですら日常が少し楽しくなるスパイス位にしか見えなかった。
だから無謀にも僕は、死神だと思っていた彼に話しかけたのだ
"今病室に誰も居なくてヒマだし"位の軽すぎる気持ちで。
結果、僕と芥川は意気投合して仲良くなった。
芥川は自分の事を殆ど忘れていて"自分が死んでる"って事と
"既に百数年幽霊のままだ"って事以外は分からないと教えてくれた。
芥川という名も実は僕が付けたものだ―ちなみにかの文豪から取った―。

僕が少し年を重ねて、同時にほんの少しだけ体が強くなって
ようやくずっと病院に居なくてもよくなった時、僕は凄く寂しかった。
芥川と二度と会えなくなると思ったからだ、僕は今も昔も
隠し事をするのが苦手だったから、それはそのまま彼に伝えた。

芥川は今日と同じく少し間抜けな顔で固まりやっぱりうははと笑った
僕はそれがショックで眉を顰めたが、彼は『明日になればわかる』とそれしか言わなかった。
そして次の日、芥川は何の支障もなく悠々と僕の後ろを付いて来た。
僕は何となく"芥川は病院から出られないのだ"と思っていたが別にそんな事はなかったのだ。
僕はとても嬉しかったが同時に少しだけガッカリしたのを憶えている。

それからの僕の人生は凄く楽しかった、僕の体は相変わらず弱かったが
体調が悪く動けない日も、逆に好調で学校へ行ける日も、芥川はずっと側にいてくれた。
芥川は僕みたいな生命力の弱い人間以外には見えていないようで
時々僕は、語りかけるように独り言をいう変人になったがそれでも幸せだった。

――僕がこの高校に上がるその日までは。
僕の体力がなんとか入学式の終わりまで持ち、学校を出ようとした瞬間
芥川は『出られない』と言った『縛られたみたいに足が動かない』と。
その時から芥川はこの学校に住む幽霊になった。
芥川は『なんでだか分からない』と言ったが僕には何となく分かる。
多分彼はこの学校で死に、この学校に未練を残した幽霊なんだ。

「なあ芥川、もしも僕が君を忘れたら怒るかい?」
ぬるい風を顔に受けながら聞いた。 最近僕は調子がいい、
理由はここ数十日学校を休んで行った大きい手術が成功したからだ。
だから凄く調子がいい、どの位調子がいいか例えるなら
不健康な時ほどくっきり見える芥川がいま殆ど見えてない、その位だ。

「怒らないけど寂しいから、お前が思い出すまで此処で待ってる。」
「ずーっと長い間、思い出さないかもしれないよ。」
「おれは不死身だからその位長いほうが丁度いいさ。」
「……もう死んでる人は多分"不死身"って言わないよ。」
僕は両手で目を覆いながらふざけ返した、声は少し震えていた。
いま手をどかせばその瞬間に芥川が見えなくなっていそうで
数十分もの間僕は、困惑する芥川の声を耳にこの体勢のまま固まっていた。