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夕暮れ時の二人

あの山がもっとひくければ、くらくならないのに。
泣きそうな気持ちで思ったことを覚えている。
家までどのくらいの距離があるのかもよくわからない。
怒っているであろう親も、とうに始まっているかもしれない夕食のことも、考えないように早足で歩いた。
本当は立ち止まってしまいたい。うずくまって泣いてしまいたい。
靴を無くした足の裏が痛い。泥に濡れたズボンが気持ち悪い。
でも、裕真を連れて帰らなきゃ。自分よりもっと泣き虫な、裕真をうちまで連れて行かなきゃ。
山の端にかかる夕陽は暗くて赤くて、薄暗くなった道には誰もいない。
「……裕真」
手をつなぐのは初めてのような気がした。汚れてかさついた手をとると、裕真がおずおずと握り返す。
顔を見たら崩れてしまうから、裕真を黙って引っ張った。
もう走らない。最後の陽のぬくもりが消えるから、せめて裕真の手を離さないで歩く。
「拓ちゃん、ごめん」
裕真が涙声で言った。
俺の方がごめん、と言いたかったが、声にならなかった。

「こんな夕焼けを見ると、あのときのこと思い出さない?」
助手席の裕真が言う。
「今となってはいい思い出だよね。拓仁の母ちゃんに泣かれてさ、びっくりした」
「あー、母ちゃん泣かせたね。裕真の母ちゃんも全然怒らなくてびっくりしたな」
あの日、小学校の校区をはるかに越えた大きな川までザリガニを捕りに行った俺達は、
ぬかるみに靴を無くして探しているうちに遅くなり、とんでもない時間に帰宅するという大事件を起こしたのだ。
靴をなくしたのは俺で、いつまでも探し続けたのは裕真で。
だから叱らないで、とお互いをかばったのも面映ゆい。
あの頃、友情はなにより大事だった。裕真のことを世界で一番の親友だと思ってた。
「母ちゃんたちがさ、よく二人で帰ってきた、置いていったりせずによく一緒に帰ってきた、って褒めてくれたんだよな」
「あ、そうだっけ」
「なんかさ、それ聞いて、そんなこと思いもよらなかった、ってすごく意外に思ったんだよ……二人でいるのなんか、当たり前じゃんって」
裕真が照れたように笑う。それから、黙った。
「……何?」
「あ、いや……仲良かったなー、ってね」
「……今もつるんでるんだし」
「うん」
運転している俺からは、裕真の顔は見ることができない。

あれから中、高、大学を経て別々の道を進んだが、裕真と俺とはこうして遊び友達だった。
とんでもなく遠かった大きな川も、やがて自転車で通うように、そして今では車であっというまに辿り着く。
変わった背丈。変わらない友情。
なんでもわかりあえる、幼なじみの親友。だれもがめぐりあえる相手じゃない。ひょっとすると親よりもかけがえのない。
……一度失ったら、もう元には戻れない。
だから裕真は踏みとどまってる。俺もわからないふりをする。

夕陽がはやく沈めばいいと思った。
くらくなれば、寒くなれば、裕真の手をとれるかもしれない。