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最後の春休み

「本当の、最後の意味なんてみんな気が付いてないんだよ」
いつだったか、ぽつりと言ったアイツの言葉。

大学四年を迎える春、
俺はアイツと初めてキスをした。
ただ、たった一度。

それ以上、踏み込まなかったのは
それ以上に、踏み込めなかったのは
多分、単純に、怖かったからだ
男同士だって事が、本気になるって事が、未来の形を変えてしまうかも知れないって事が。
その位に俺は臆病で、狡かった
それ以前に
気の迷いも真実も衝動も、何もかもが混沌としていた。

…覚えているのは夜桜の匂いとビールの泡の味と、
硬くも柔らかくもない、アイツの唇の感触。


「――…?」
営業の合間の一休みに入った喫茶店で、不意に懐かしい響きで名前を呼ばれた。
まさか、というより
…ひたすら驚いた。
俺の前に現れたアイツは、
記憶とずいぶん違ってるような、それでいて少しも変わっていないような、妙な感じだった。
神経質そうな雰囲気や痩せ気味の体はそう違ってはなく、
けどお互い様だが、約10年の歳月は
老けたな、と自然に口をついて出るに充分なものだった。

卒業してから、意識して会わなかった訳では無かった(と、思う)。
サークルは一緒でも学部も進路も全く違えば、
自然と顔を合わせる事もなくなる
…もともと俺たちは、親友でも無かった。
ただ、二人でいても苦ではなく、
たまに一緒に出掛ける程度、そんな仲だった

…何だったんだろうな、あの一瞬は。


俺たちはそれから暫く、懐かしい思い出話や仕事の話や
昔の仲間達の話を取り留めも無く話をして
そろそろ行かなきゃな、
というどちらからともない言葉で店を後にした。

別れ際に交わした会話は。

「…なぁ、」
「うん?」
「最後だったと、後からしか、気が付かないんだよな」
「…………そうだな」

じゃあ、また、いつか。
…そう言って別れた。

気が付くのは、全て終わってから。
あれが最後だったと、最後の青さだったと
きっときっと、あと何年かしてから
今日の事を実感として思うのだろう、と
想像したら鼻の奥がツンとした。

もう、春休みは二度と来ない。