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ヤクザ医師×薬剤師

あ、この子、薬の量が減った。

調剤室からガラス越しに目をやると、小学生くらいの少年が製薬会社のマスコット人形を突き回している。
すぐ側の椅子には母親だろうと思われる女性が座っていて、少年に優しいまなざしを向けている。
ここ二ヶ月ほど通院しているはずだ。
僕は窓口担当ではないし、たとえそうであっても個人の病状を大っぴらに口にするわけにはいかない。
親子に声はかけられない。
薄い処方箋越しに僕は患者と接する。

トレーの上に並べた錠剤と処方内容を再度照らし合わせ、最後に担当医の判子を確認する。

”星”

少し首をかしげるように傾いて捺された赤い判を指でそっとなでる。



病院に隣接するこの”めだか薬局”は、一応市販の医薬品も置いているが、ほぼ病院の調剤がメインの門前薬局だ。
待合室はさほど広くはなく、今は平日の午前診療が終わったところで人も親子が最後だった。
窓口の女性職員が母親に薬の確認と説明をしている時、自動ドアが開いた。
白衣を翻し足を踏み入れた長身を目にとめると少年がぴたりと固まり、母親は一瞬ひるむ。

がっしりした体躯、いかめしい顔つき、浅黒い肌に鋭い三白眼。ついでに眉間に皺。
首から提げた医療用のPHSがまるでおもちゃのように見える。
体ごと少年のほうを向く。少年がびくりと反応して素早く母親の影に隠れる。
母親が二言三言挨拶をして出てゆくのを仁王立ちして見送っている。

「星」

名前を呼ぶとやっとこちらを向く。一文字の口が開き、低くつぶやく。

「佐久間。飯」

不機嫌というわけでは、ない。
むしろ、たぶん、機嫌は良いほうだ。

病院の中庭の東屋に並んで腰を下ろす。
春の風は温かく体を包み、けれども少し感傷的な気持ちにさせる。
星は満開の桜を睨みつけ―――いや、目をやり、少し眇めた。

「あの子、びびってたよ」
「ああ」
「まだ慣れないんだな」
「ああ」
「弁当、食べよう」
「ああ」

無口なわけではない。必要最低限しか口にしないだけだ。
星は眉をしかめ、鼻に皺を寄せ、口をへの字にし、弁当を射るように見つめる。
これは、……どれから食べようか迷っている。

星は誤解をまねく容姿をしている。
僕は口うるさく意見し、星はそれに肯いた。
髪を少し明るくし、シルバーフレームの眼鏡からコンタクトにした。
ワイシャツも柔らかい色合いのものや爽やかなものを用意し、ネクタイも合わせた。
自主的にPHSのストラップを、配布された種類から一番明るいものを選んだ。……ピンクだった。
ストラップに僕が贈ったファンシーな熊のチャームを付けた。三日でもげて行方不明になった。

あらゆる何もかもが絶望的なほど空回りを演出していた。万策尽きた。
…星の地はすべてを凌駕してしまっていた。

星の容貌はどう見ても―――、

「夏休みまでには元気になる」

箸を止めて隣を見る。誰がとは言わない。

「プールとか…」

星はタコのウインナーを箸でつまみ、目線の高さまで持ち上げる。
星が自作する弁当のウインナーは必ずタコだ。カニはない。

「旅行も行けるね」
「ああ」
「花火大会の屋台で買い食いは外せない」
「ああ」
「肝試しで夜中眠れなくなったり」
「ああ」
「宿題は最後の日に泣きながらやるタイプ?」
「…俺は違う」

僕が声を上げて笑うと、星が口の端を吊り上げて底意地悪そうにニヤリと笑った。

想像してみる。星の子供の頃ってどんなだったのかと。
いつから道を歩くと十戒のように人波が割れるようになったんだろう。
柄の悪い連中に絡まれて作ったという目の上の傷はいつだったんだろう。
どれだけの場面で学生服を着たまま学生証を提示していたんだろう。
美術が好きなのに何度バスケ部やバレー部に誘われたんだろう。

……僕と星が出会ったとき、僕が真っ青になって逃げて、どう思っただろう。

一瞬、強い風が吹き、桜の花びらがいくつもくるくると舞った。

星がそっと手を伸ばし僕の髪にからんだ花びらをつまむ。
無骨でゴツゴツした手だ。
だけど僕は知っている。
実は箸の持ち方が美しいことや、カルテのドイツ語はへたくそだけど縦書きの文字は綺麗なことを。
小さな爪がいつも気をつけて整えられていることも。
そして優しく僕に触れることも。

「そういえば来週だ。○○社の新しい安定剤が入るの」
「そうか」

資料で見た錠剤は淡いピンク色で、まるで星の指先から舞った花びらのようだと思った。
先ごろ認可された新薬は、これまでのものより副作用が出にくいと研究発表されていて、
個人の体質に左右はされるだろうが助けになってくれるだろう。
だけど僕にはもっと効果のあるものがある。
薬だけではもたらせない、温かな安らぎを与えてくれる存在だ。

「…依存性が高いのは問題かもね」

星が資料どおりの文句と研究の見解を口にするのを横顔で聞きながら、僕は小さく笑った。