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夏祭りの再開

俺の言葉に、ユキノリは一瞬ぽかんとしてから「はあ?」と怪訝な顔をした。
「だから、夏祭り。俺が子供の頃は毎年やってたじゃないか。それを今年復活させる」
「子供の頃って、何十年前の話だよ」
「二十年前だな」
答えると、彼は「大昔じゃん」と言ってけらけらと笑う。
「こんな過疎った町で祭やったって誰も来ねえって。やめとけやめとけ」
「町の人達が来ればそれでいいじゃないか。町の祭なんだから」
そう言うと、ユキノリは大袈裟に肩をすくめて、わざとらしくため息をつく。
「お前さ、採算性って知ってるか?祭やるつっても金と人手がかかんだよ。
 『お祭楽しーい』って喜ぶのはガキだけで、大人にとっちゃ利益があがらなきゃただの骨折り損」
小馬鹿にしたような物言いにムッとするが、言い返せなかった。黙って地面を睨む。
確かにユキノリの言う通りなのだ。
そもそも、夏祭りが行われなくなったのは、殆どの若者が都市部へ出て行き町の高齢化が進み、
大型モールの登場で商店街の活気も無くなり、二重の意味で祭を運営する『体力』が無くなったためだ。
かくいう俺も、十年前に町を出て行ってつい最近Uターンしてきたクチで、
予想以上に寂れた故郷を目の当たりにして少なからずショックを受けた。
「……確かに、お前の言うとおりかもしれないけど」
俺は顔をあげる。
「それでも、何もしなければ何も変わらないと思うんだ」
いや、何も変わらないどころか、朽ちていく一方だろう。
それは嫌だ。
十年近く町を離れていた自分が、偉そうに言うのもおこがましいかもしれないが。
「だから、夏祭りを復活させたい。もちろん、それだけで全部うまくいくとは思ってない。
 時間もかかるし金もかかる。大変だと思う。でも、何かしたいんだ。……この町のためにも」
ユキノリの視線が少しだけ横に逸れる。
「お前だって、このままでいいとは思ってないんだろ?」
「別に。俺はばーちゃんに養ってもらってるし、今の生活に特に文句ないしー」
「ユキノリ。俺は真面目に話してるんだ」
ふざけた調子の言葉を遮る。
「俺はやるぞ。ただやろうって言うだけじゃない、きちんと計画して、予算とか人材とか道具とか…
 役場にも掛け合うつもりだ。まずは今度の寄り合いで提案する。俺だって無駄に歳は食ってない。
 これでも十年、会社勤めしてきたからな。少しは経験が生かせると思う」
自分でも滑稽だと思うほど、必死に言い募る。
その間ユキノリは口を挟まず、ただ黙って俺が喋るのを聞いていて、
俺が喋り終わった後もしばらく黙ったままだった。
怒っているのか呆れているのか判断のつかない無表情で、じっと俺を見ている。
「………」
どのくらいそうしていたのか。
あまりに反応が返ってこないことに焦れた俺が再び口を開きかけたところで、ようやく
「あー……」
という間の抜けた声と共に、ユキノリの表情が崩れた。顔をしかめ、髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回している。
金色に近い長めの茶髪がぱさぱさと揺れた。
昔は、もっと綺麗な髪だったような気がする。今のように傷んでる風ではなかった。
この十年で俺も変わったしユキノリも変わったのだ、そんな当たり前のことを今更になって認識する。
「………ユキノリ」
「伊達に都会の荒波で揉まれて来たわけじゃねーってか。かっこいいじゃん」
そこまで言うなら俺が口出す幕じゃねーわと小さく笑って、ユキノリは立ち上がった。
そして「んー」と背伸びをしてから腕を下ろし、俺を見下ろしてくる。
「けどさあ。俺はね、和真」
「何だよ」
「世の中、なるようにしかならねーと思ってるよ。時間が経てば人も変わるし土地も変わる。
 栄えて寂れて、それでいいじゃん。たとえ無くなっても過去まで無かったことになるわけじゃねーしさ」
さっぱりした顔でそんなことを言うから、俺はまた声を荒げそうになる。
「だから……!」
「まあ、やりたいなら頑張れば。とりあえず、じーちゃんばーちゃんは喜ぶんじゃね、夏祭り」
にやりと笑ってから、ユキノリは頭の後ろにまわしていた面を被り直し
そしてひらひらと右手を振って
「おい待て、まだ話は終わってな…」
俺が言い終わるのを待たずに、煙のように消え失せた。
「あら?和真ちゃん?」
その声にはっとして後ろを振り返ると、そこには顔見知りの老女――鈴木さんちのばあちゃんが立っていた。
「ああ、やっぱり和真ちゃんだ。どうしたの、ぼーっと突っ立って。お参り来たの?」
にこにこと愛想の良い笑みを向けられて、俺は曖昧に笑い返す。
「ええ、まあ。ばあちゃんもお参りに?」
「あたしはほら、これが毎日の日課だから」
その言葉と共に俺の目の前に差し出されたのは、皿に乗った油揚げと菓子。
老女はゆっくりと俺の横を通り過ぎて、さっきまでユキノリが行儀悪く腰掛けていた場所に
皿をそっと置く。そして寂れた社に向かって皺だらけの手を合わせた。
同じ光景を子供の頃に何度も目にしていたことをぼんやりと思い出す。
俺が町を離れていた十年間もそれはずっと続いていたのだろう。
なぜだか、胸が痛んだ。
「……あの」
拝み終わってこちらを振り返った老女に、俺は無意識のうちの声をかけていた。
「また、夏祭りをやろうと思うんです。この神社で」

――栄えて寂れて、それでいいじゃん。たとえ無くなっても

良いわけない。
良いわけがないじゃないか、ユキノリ。