オクテなふたり

「あれ、桜だ」

夕がそう言って指差した方を見ると、確かに二本の桜がピンク色の花を咲かせていた。
花見をするのにちょうどいい咲き具合である。
しかし季節はもうすぐ夏。
桜前線はとっくの昔に日本から旅立ったというのに、あまりにも遅い開花ではないか。

「珍しいね」
「今年は季節感皆無の気温だからな。だけどこれは季節を間違えすぎだろう」

不可思議現象である。
世界七不思議とまではいかなくとも、世界百不思議ぐらいには入るんじゃないか?
そんなことを考えながら桜を眺めていると、夕が小さく笑い声を立てた。

「しかも二本仲良く間違っちゃってるね」
「そうだな」

二本の周りにも桜の木はあるが、その桜たちはちゃんと青々とした葉を生やしている。
これが通常の姿というものだ。
太陽光線を吸収しようと葉緑体が活性化するんだぞ。
話しかけても無駄だと分かっているので、そんな説教は心の中でだけにとどめておく。

「揃って遅く咲くとはあまりにも間抜けだがな」
「いいんじゃない?ゆっくり咲く花でも」

微笑みながら、夕は俺を見た。
頬がほんのりと赤く染まっている。
それを見た瞬間、夏のような熱さに襲われる。

「……行くぞ」
「……あ、うん」

火照った自分の顔を冷やすために、足早に夕の前に出ながら急かす。
後ろからタタ、とついてくる足音を確認して、そのまま歩み続ける。

「でもお前は早く気付いてほしいな」
「何をだ」
「……気付くまで待ってるけど」

だから何をだ。訳が分からない。
そう言ったが、夕はその問いには答えずに、俺の隣に並んで笑っていた。


異常な熱さは、家に辿り着くまで冷めることはなかった。


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最終更新:2013年08月08日 06:30