つばさ

 たとえばこの背に翼があるならば。
 今すぐにでも翼を広げ、海を越えて君に逢いに行くのに。
 けれどこの背には何もなく、二人を阻む、海は広すぎて。

「……なんて事考えてたんだけど、よく考えれば自力でこの距離飛ぶのは結構きついよなー。てなことで土産」
「確かにそうだけどさぁ、何はなっから諦めんのよお前。おお、梅干」
「カップ麺の新作も持ってきたぞ」
「おおー。気が利くじゃん。今日はカップ麺パーティーな。つうかその梅干あいてんじゃん。酔い止めに使ったか?」
「まあまあ、気にしない気にしない」
 空港で落ち合った二人は、がらがらとスーツケースを引っ張りながらそんな会話を繰り広げていた。河合は現在英国に語学留学中で、伊藤は休暇を使って会いに来たところだ。
「元気そうだな」
「……うん。案外こっち合ってんのかな。それよか、こんな早く会えると思わなかったから、ちょっと余計めにはしゃいでっかもだけど」
 へへ、と笑いあう。小突きあうようにして体温を確かめて、微笑みで思いを交わして。
「ばーか、そんな長く離れてられる訳ねーだろ」
 照れたように顔を俯かせる河合の頭を、伊藤はよしよしと撫でてやった。遠く離れて、寂しかったのはお互い様で、けれど夢を追う恋人の足を引っ張るようなことは、出来はしないから。広がった距離を埋める為には、すこしの努力と、多くの意思が必要になる。
 その距離こそが、二人の思いを試す。いくつもの試練を、二人に課す。
 思いを交わす手段なら、今では幾らでもあるのだ。メールや電話、それでも足りないならこうして直に会えばいい。
「会いに来るよ」
 乗り越えようと思った。この泣き虫で意地っ張りの恋人の為に。
「俺も、出来るだけ早くお前のとこに帰るよ」
 乗り越えようと思った。このひどく優しくて俺に甘い恋人の為に。
「待ってるよ」

 思いさえ違えずに在れば、この背には翼がなくても、長い距離を飛んでいける鉄の翼があるから、海を越え、山を越えて……会いに行けるだろう。
 だから君と僕は、きっとずっと……こころに持った翼を、羽ばたかせてゆける。


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最終更新:2013年08月08日 06:23