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オカマ受け

僕が『彼女』と出会ったのは、南へ向かう汽車の中だ。
僕は出発間際のデッキ、煙草をふかす彼女の足元に転がりこんだのだった。
目の周りに痣をこさえ、ちゃちな鞄ひとつを抱えたぼろぼろの僕を、
彼女は暫くぽかんと眺め下ろしてから
「こんにちは、家出少年」と言った。

汽車が南端の街に着くまでは、二日かかった。
その間僕は暇をもてあます彼女と、とりとめもなく話をしたり、
呆れるほどヒールの尖ったブーツを磨いて駄賃を貰ったりした。

「どうせ行く宛なんかないんでしょう」
「とりあえず南だ。友達がいる」
「そんなもん、あてにしない方が身のためよ」
「そういうあんたはどうなのさ」
「私はね、生まれ変わりに行くのよ」
「生まれ変わり?」
「医者がいるのよ、そういう…。体を思う通りにしてくれるの。性別だってね」
馬鹿な!そんなことってあるだろうか。担がれてんじゃないのか、この人?
「あとは、ま、ついでにね、人と会うの」
「友達?」
「違うわ、あんたじゃあるまいし。友達でもないし頼りに行くわけでもないわ」
「じゃ、誰さ」
「男よ」
なんて漠然とした言い方だ。人類の半分は男じゃないか。
「じゃ、何しに行くっていうの」
「殴りに」
「…そりゃ…穏やかじゃないね」
随分間の抜けた返事をしたものだが、その時はそうとしか言えなかったのだ。

到着を翌朝に控えた夜、僕はなかなか寝付けなかった。
あの家から逃れたのだという安堵と、新しい世界を前にした高揚と不安が
ないまぜになって体の中で渦巻いていた。
それは二日間で収まるどころか、僕にとって未知の象徴ともいえる『彼女』と過ごすにつれたかまるばかりで、
おそらくその夜、満潮を迎えたのだった。
僕は起き上がり、そっと彼女の寝台を覗き込んだ。
「もう、寝た?」
反応はない。
毛布の上からでも、彼女の肩が広くて骨っぽいのがよくわかった。
聞いていない相手に向かって呟く。
「ねぇ、姐さん、僕はあんた今のままで、すごく魅力的だと思うよ」
「ガキが……」
地を這うような唸りが漏れる。なんだ、起きてたのか。
「あんたにどう思われたところで仕方がない…意味がない」
肩越しに昏い眼差しを寄越される。
だが、すごまれても僕は何故か怖くなかった。
ただただ彼女が不思議と愛しく思えた。
「それなら誰なら…
誰かなら意味があるの?例えばあんたが会いに行く男なら?」
妙な高揚が僕を口走らせる。
「僕も会ってみたい、あんたが殴りたい人間ってどんな奴なのか…」
「見世物じゃないわよ、何考えてんの」
「ねぇ、邪魔にはならないから…」
「居るだけで邪魔よ!
なんなの、あんたは…ほんとどういうつもりなの!」

僕は知っている、さっきの昏い眼、あれはおとといまでの僕の眼だ。あれを絶望と呼ぶんだ。
誰が彼女を絶望させた?
一体誰なら彼女を絶望させることが出来るんだ?
僕がそれを知らないってことが、まるで理不尽なことのように思えた。通りすがりのただの他人であるというのにね。

僕の絶望が全てあの故郷にあったように、彼女にとっての絶望が『彼』であるなら。
僕は一方でそれを許せないと憤り、
一方で、僕もそんなふうに、
彼女に、うんと傷つけられたり傷つけたりしてみたいと羨んだ。