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愛したい

その男はにっこりと微笑んで倉をあけた。「ここにある全て、あなたのお父様があなたに残されたものですよ」
私の義父は素晴らしい小説家であったらしい。今私の教えている小学校では彼のある家族団欒の一遍が記載されてあるくらいだからだ。
素晴らしい小説家であることは確かであったが、彼の人間性は非常に神経質で攻撃的であった。
私の母と義父の間には、長年子宝に恵まれず、やっと二人に授かった子は義父の種ではなかったらしい。
故に義父は私を憎んだ。少しでも仕事がうまくいかないとことあるごとに、ああ足音がうるさいだの声がでかいだのと
私の腹や顔を何度も殴り、飯を抜かせ倉に閉じこめた。
今思えば体罰というよりは虐待に近かった。
私は彼を恨んでいたし憎いと感じていた。ただ、彼の唯一尊敬すべき点は彼は心から母を愛していたので
彼女を淫売と罵ることはあっても一切暴力をふらなかったことである。
一度だけ彼の小説を読んだことがある。教科書に掲載されていたくだんの一遍だ。
世間が彼をなんと評価しようが、私はなんと陳腐で馬鹿馬鹿しいものだとしか考えられなかった。
それは血の繋がった子供を三人も授かり、淫売はおらず、
夫婦がお互い心から愛しているといった幸せな家庭の風景であった。
私はそれが彼の心の奥にあった理想だと悟り、あくまでその小説は彼の自慰行為でしかないと感じた。
男は言った。「ご覧にならないのですか?」「いやなに」私はあまり長居したくないので、
と言いかけて目に止まったのは膨大な量と原稿。
私に残されたのは皮肉にも彼の自慰の産物らしい。「これは素晴らしいですね。歴史に残るほどの莫大な遺産ですよ。」
「君にとってはね。俺はこんなもの勘弁して欲しい。」
これは義父からの当てつけでしかない。彼の小説は読みたくも持ちたくもないのだ。
ふと私の目に一冊の手帳が目に入った。
父が手帳を持っていた記憶などない。私は好奇心にかられ手にとった。
義父の生活、というのが気になったからだ。
それは手帳ではなく日記だった。私に体罰を与えるたびに彼は罪悪感にかられていたらしい。
私への謝罪が何行も何行も綴られていた。
瞬間私は見るのではなかったと後悔した。何故憎いままに逝ってくれない。しかし、私の目は彼の文章を追うばかりだ。
私に対する愛情はあったがそれを表現してしまうのは彼の自尊心が許さなかったらしい。
おそらくあの一家団欒の小説は理想ではなく、不器用な彼がこうありたいとの希望だったのだ。
「馬鹿な男だ。」
思えば私を大学までいかせてくれたのは義父である。義父は酷い男であったが不器用な彼の愛情に気がつかなかったのは私だ。
「馬鹿な男だ。」
私は彼のその文字を指で何度もなぞった。