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道しるべ

…春ニ貴方ヲ想フ

あの人を失った、河原の道を歩く。
あの日も、今日と同じように、日差しが柔らかく暖かい春の日だった。
あの人は凛とした瞳で俺を見つめていた。
涙は無かった。
ただ、癖で噛んだ唇が赤く、痛々しかった。
どちらかが悪かったのではなく、多分、どちらもが悪かった。
子供だったと、幼かったと、若さのせいにしたら
あの人は怒るだろうか。
それともあの日と同じように、冴え冴えと美しく微笑むだろうか。

俺とあの人は、何もかも危ういバランスの上で存在していた。
キスをして、抱き合って、笑い合っても
俺たち二人はいつも小さな傷を付け合って、いつも怖がっていた。
――何を?
考えようとして、頭を振る。

今ではもう、思い出せない。

ただ、大切だった。
それぞれ違う道を歩もうとも
憧れで、目標で
…本当に、大切な人だった。


それは、思い出の中のワンシーン。

「…つくしって、何でつくしって言うか知っとる?」
「は?」
唐突な事を言い出すのは彼の十八番。
へぇー、ということから
で?ってことまで、
豆知識や宇宙の謎、答えられる事もあったけど、返答に困る事まで。
けど、そんな時の彼は、いつもどこか楽しそうだった。
「つくしのつくしって、ミオツクシから来とるんやって」
「ミオツクシ…?」
飲み込めない俺に、彼は
そこらに転がってた小石を拾うと
澪つくし、とゆっくり地面に文字を綴った。
「あ、その澪つくし、か…」
「うん」
彼はぱっと笑顔を浮かべ頷いた。
「それでな、
その澪つくしに、立ってる感じが似とるから、
つくしって言うんやって」
他にも色々説はあるらしいけどな。
「…けど、海の標識が澪つくしなら、」
つくしは春の道しるべみたいで、しっくりくるな。
と、菜の花のようにふわりと彼は笑った。

…春の道しるべ。
普段は現実主義者の振りをしてるくせに、
その実、ロマンティストで。
なのにそう指摘すると、照れて怒った表情をした。
けど、本当に強い人だった。
「……」
俺は。
淋しかった。

違う道を進んでいる事は分かっていた。
あの人が誇るもの、大切なもの、守るものも知っていた。
そんなあの人が好きだった。
けれど、それでも淋しくて、もどかしくて
…悔しかった。

何かが記憶に引っかかった。
「…っ、」
目の奥が熱くなって、俺はその場に立ち止まった。

俺は。
あの人の、道しるべになりたかった。

…あの人は。

「二人で歩いて来た足跡が、」
二人の道しるべだと
そう言って、笑った。

「行き先を教える道しるべはいらない。
来た道を教えてくれればいい。
間違ったら、間違った場所まで戻って
二人でまた歩い行けばいい」と。


…戻れるだろうか。

あの、道しるべまで。