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暗殺者と虐殺師

「俺、昔、虐殺者だったんだ。ア、捕まったことはないよ。だってそんなヘマしてたら今お前とこんなことできない。もしも捕まってたら今頃、あの世だ」
そう言って彼は私の長い髪を一房持ち上げてキスをした。
彼と私の間に愛は無く、惰性が疼くときにのみ共にシーツを汚す。
「貴方の過去なんて興味がありませんよ、バートラム」
「一度くらい愛称で呼んで。ほら、バート、簡単デショ?……ダメ?つれないネェ、俺はお前がこんなに好きなのに、キャス、キスしよう」
裸の肩を押し付け、奴の髭が私の肩口で鈍い痛みを与える。
仕方がなく唇を触れ合わせれば懐かしの虐殺者様は私を抱きしめて舌を絡ませてきた。
厚ぼったい舌を持った醜い男、四十を過ぎて漸く愛を知りかけた矢先の男。
最後には私の息が続かなくて肩を叩いて、体を引き剥がした。
「……夕食にしましょう。用意しますから早く席へつきなさい」
ギシリと鈍い音を生むベッドを抜け、身支度を整えて携帯を手にキッチンへ向かう。
犯罪者には御誂え向きなのだろうか、ねぐらは絵に描いたように薄暗く、そして無駄に広い。
冷蔵庫から食材を取り出すついでに携帯を素早く覗き、仕事の依頼を確認する。
一件のみ、夜のうちには終わるだろう。
携帯を閉じ、熱したフライパンにバター、卵、野菜を混ぜ、フォークで混ぜて炒める。
馬鹿の好みに合わせて焦げ目がつくくらいに良く焼いて、今日は隠し味も少しだけ入れてやった。
「イイ匂い、キャスは今日もパーフェクト、素敵だね」
ズボンを履いただけの上半身裸野郎がフライパンへ手を伸ばす、反射的にフォークで彼の手を叩いた。
「――ッチ!キャス!酷いじゃないか!」
「まだ、出来てませんから。パンでも齧ってなさい、馬鹿」
焦りの色は出ていなかったと思う、けれど値踏みするように、初めて町で会った時のようにバートラムは私を頭のてっぺんからつま先まで舐めるように眺めた。
と、思えば瞬きしていつもの顔に戻り、両手を挙げてソーリー、と小さく言う。
「俺が悪かったよ、キャス。酷いなんて嘘だ」
私が何を言う間もなく、奴はパンが入った籠とミルクを手にリビングの机へと向かう。
私も火を止め、料理を盛って食卓に着いた。
「これから仕事ですから、貴方一人で食べてください」
言い置いて立ち上がりかけた腕を奴の節くれだった太い指が勢いよく掴んだ。
見上げてくる目線はギラギラと熱を孕んでいて、気持ちが悪い。
「ね、キャス。今日は早く帰って来てくれるかい?」
「さぁ、貴方には関係のないことでしょう」
馬鹿げてる、と喉元まで出た言葉は飲み込んだ。
バートラムの手がフォークに伸びる。そうだ、それでいい。
「……ジャア俺、キャスが帰るまで待ってる」
奴の手から落ちたフォークが床に落ちて音が響く、醜い音。
私が人を手にかけるときの心音に似ていた。
「待たないでください、帰りませんよ」
「お前は絶対帰ってくるよ、愛してる――キャス」
声だけでバートラムが微笑んでいるのが分かった、嗜虐的な笑みだ。
背にかかる声を振り切るように早足で玄関を抜けて、扉を勢い良く閉じた。

「バートの、馬鹿」
目を閉じて言葉を喉から振り絞って吐き出した。
私はたった一つだけ、依頼を遂行出来ていない。