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無口攻め×お喋り受け

 ふと気が付いたら、いつものように愚にもつかないことを喋り続ける沢村さんの肩を力任せにソファーに押し付けて馬乗りになっていた。

 どうしてこんなことになったのか、俺はさっきまで何をしていたのだったか。
すぐ側では、倉庫から引っ張りだしてきた古い扇風機が壊れる寸前のような音を立てていて、
節電対策とか言ってもうずっとクーラーは動いていなくて、そうだ俺は数瞬前まで暑さで朦朧としながら扇風機の羽のようによく回る沢村さんの舌を眺めていたのだった。
今はその舌はびっくりしたように止まっていて、いや実際に驚いているのだろう沢村さんの目が見開かれている。
そういえばこの人のこんな顔を見るのは珍しいことだと思う。
もちろん日頃から彼は多分に表情豊かではあるのだけれど、通常はもっと芝居がかっているというか余裕綽々の態度が崩れないので性質が悪い。
だがそんな空白の時間は一瞬のことで、形の良い唇からは吐く息のように次々と言葉が飛び出してくる。
「ちょっとちょっと、どうしちゃったの野口君。いくら俺がワイルドかつスウィートな魅力に溢れているからって襲うことないでしょーに。
俺ってば高いのよ? もっと丁重に扱ってちょうだいよ。てゆうか痛いって、お前力強すぎ。何それ鍛えてんの? 何かスポーツとかやってる?
待って言わないで今当てるから。うーん柔道とか空手とか武道っぽいよなあ。あ、剣道とか?なんかお前ってストイックだもん。武士道ってゆーの? あんな感じで」

 数日前から、どうしてこの人が喋ると俺は苛立つのだろうと考えていた。
それは機関銃のように撃ち出される言葉のどこで口を挟んでいいかわからないからとか、
言葉の端々から透けて見える軽薄な人間性が気に食わないからとかそういう話ではなくて、元来複雑な思考を得意としない自分には理解できない類のものだった。
俺に理解できたのは、彼のかきあげた後ろ髪の隙間から覗く意外と華奢な首筋が汗ばんでいたり、キーボードの上を静かな蜘蛛のように指先が踊っていたりする様を見ていると、
俺はいつも何かを言わなければならない衝動に駆られそしてそのたびに何も言えずに押し黙るしかなく、その短い葛藤の間、彼は息もつかずに喋り続けるということだけだった。
「え、俺もしかしてこれ貞操の危機だったりする? 野口君ケダモノなの? ムラムラしてんの? あっ。わかった。アレでしょ。
最近女の子とヤッてないんだ、お前確か彼女いないもんねえ。結構モテるのに何で作んないわけ? やっぱシャイボーイなの?
経理の長谷川さんとかお前のこと好きだって話だぜ。俺取り持ってやろうか? 経理の子で仲いい子いるしさあ、今度4人で飲みにとか行っちゃう?
やっぱ夏だしさ、恋しないとだめだろ恋。ま、俺はロンリーでもいいんだけど。ほら何てゆーの、俺が誰かとくっついちゃったら悲しむ子がいっぱいいるし?」

 そして呪文のように淀みなく流れていく沢村さんの言葉を聞いていると、ただでさえ口数の少ない俺は、もう一生喋ることはないんじゃないかという気さえしてくる。
「もしもーし。ツッコミなしですか野口君。てゆうかいい加減何か喋ってくれないと俺不安になっちゃうんですけど。うーん俺なんかしたかなあ、野口君を怒らせるようなこと」
 この行動の意味を、俺は知らない。ましてや休憩室のソファーで男の後輩に押し倒されて平然と喋り続けるこの人のことなんて、俺には一生理解できないのかもしれない。
「あ、髪の毛いい匂い。シャンプーどこの使ってんの?」
「――少し黙れ」
 能天気に触れてきた手を強く掴むと思いの外それは震えていたりして、ああこの人も実は緊張していたのかもしれないとか思ったけれど、
掌から感じる体温にもう色んなことがどうでもよくなってしまって、また何かどうせくだらないことを喋ろうとしているその口を、俺の役立たずの舌で塞いでやった。