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おっとり義父×どスケベ息子

義父が、黙ってしまうことがよくあった。
世間では仲の良い婿、舅の間柄もあるらしいが、その頃俺と義父は、「娘の男」と「娘をとられた父」の微妙な雰囲気のまま、あたりさわりのない会話を交わすくらいだったから、ふっと訪れる沈黙は不自然だった。
早くに妻を亡くし、一人娘を嫁がせてしまった義父は、孫を切望していた。
そのことに触れようか、触れまいか、迷う気持ちが沈黙となるらしかった。
うしろめたい気持ちもあって、その沈黙にあえて触れなかったが、一度だけ、言い訳めいた会話にしてしまったことがあった。
半ばやけ、半ばいたずら心だった。
「僕は『好き』なんですけど……仕事も忙しいし時間も合わないけど、僕の方はね」
婿の性癖など聞きたくもなかったろうから、義父は落ち着かない表情になった。
「あちらは……ね。まあ、女性はいろいろデリケートなんでしょう」
「……その、夫婦には、まあ、大切なことだよ」
ふだんおっとり、というよりはぼんやりした風情の義父が、精一杯人生の先輩らしい顔をした。
親しくはない義父だったが、あまり偉そうじゃないその雰囲気は嫌いじゃなかった。
「そうですね、困りますよ、正直僕は、どスケベなんです」
「……そいつは大問題だね」
軽く苦笑したその顔も、嫌いじゃなかった。

妻の死は突然だった。これから子をなし、育て、ふたりともにゆっくり老いていく、そんな平凡な幸せが当たり前に続くと思っていたのに。
仕事、仕事で妻や生活を大切にしなかった報いのように俺には思えた。俺は荒れた。
義父もさぞ無念だったろう。しかし義父は、一度も俺を責めはしなかった。
「私も妻を先に行かせた身だから、君の気持ちはわかると思う」
そう言って、悲しみにのたうちまわるような俺を支えてくれた。
義父のたっての希望で、位牌は義父の家に置かれた。
法事のたびに義父の家に通ううちに、すこしずつ、妻によく似たまなざしにつらさよりも慰めを見るようになって、いつしか義父はとても近しい人となっていった。
妻の死から6年が経っていた。

「これで一段落ですね」
七回忌の法要に集まった人々が帰って、また静かになった義父の家で、俺は義父にビールをつぐ。
お疲れ様でした、と互いにグラスを合わせて、残った折りの料理で腹をふさいでいると、
「次は、智聡君はもういいんじゃないか」
と言われた。
「それ、三回忌の時にも言いましたね」
「もう美月のことはいいから、君はさっさと再婚しなさい」
義父はほほえみを浮かべている。
「前も言いましたよ、再婚する気はありません」
「いい若い男が、もったいないじゃないかね」
「もう若くもないですよ、四捨五入したら40才です……ってうわ」
自分で言って軽いダメージを受けると、
「ほらな、自分では若いつもりなんだよ、君は。男盛りだよ、男の四十なんて。若い子がキャアキャア言ってくるだろう」
「今はオジサンのほうが受けますからね、うちの若い子はお義父さんくらいの部長に『かっこいい、お父さんになってほしいー!』なんて言ってますよ」
「君がもったいないんだよ、私なんか枯れたもんだ」
そういえば、とえくぼを作って、
「きみは枯れていそうにないな、何しろどスケベなんだったな」
俺の肩をポンポン叩くものだから、むせた。
「何言い出すんですか、そんな昔の──」
「よく義理立てしてくれたと思うよ、美月も喜んでるだろう。僕もうれしい。何しろどスケベな君が再婚もせずこうして七回忌までも弔ってくれたんだから」
「その、どスケベ、ってのやめ」
「うん、うん、男はスケベくらいでないとな、そうでないと仕事も力が出ないもんだ」
「ちょっ、お義父さ」
「スケベをな、パワーに変えてこそグーッと何につけてもエネルギーになるって昔からな」
「お義父さん! もう!」
「もう、な」
義父は、晴れ晴れと笑った。
「君が美月のためと……私のために、この家に来てくれるのは嬉しい。しかし、本当に、若い君を縛る権限は、もう美月にも、私にもないんだよ」
ずっと避けてきたその時が来てしまったことを俺は知った。
来るなと言われれば、この人にはもう会えない。
俺の親が再婚をせっつくのも、この人の耳には入ってるんだろう。
位牌を引き取ったのも、最後に俺を突き放すためだ。すべて、最初から。
「さあ、もう、新しい人生を生きなさい。美月は僕が見ていくから、安心してくれ」
再婚するなら、元妻の父親とじゃ友人にもなれない。
……妻を失ったときのように、いままたこの人を失うことに耐えられそうもないのに?
「もし、君にいい人が現れたら……できることなら、見たいな、君の子供が」
「……その時は見せに来ます。僕はお義父さんの息子ですから」
そんな時がくるはずもない。
何もかもが遅い。取り返しがつかない。
俺は今更ながらに歯がみした。
──この人の血を引く子を生みたかった。