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まわし

「お前の親父、化粧まわし作ってたんだって?」
「そうだよ」
「あの相撲取りの?」
「うん。脳梗塞で入院してからやめたけど」
「え? そうなの? 大変だな」
「今はだいぶ良くなったから大丈夫」
「じゃあ、今はどうしてんの? お前が作ってんの?」
「そんなわけないだろ。俺は不器用だし性にあわなかった」
「お前、頭がいいからなあ。職人じゃもったいないよな」

 それどういう意味?とちょっとだけ反論したかったが、やめておいた。
どうせ他人に言ってもわかるわけがないので。

「なら親父さんの代で終わりなんだ」
「大丈夫。将ちゃんがいるから」
「将ちゃん?」

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 規則正しく機を織る音が作業所に響く。
 俺は彼の手が止まる瞬間を見て声をかける。
「将ちゃん」
 将ちゃんがやっと振り向いて俺を見た。
「ああ、真吾さん。飯ですか? ありがとうございます」
「昨日も寝てないんじゃない? 少しは休まないと親父みたいになるよ」
「作業が予定より遅れてて。あとで少し横になりますから大丈夫です」
 将ちゃんはこうなるともう言う事をきかない。俺は嫌みでひとつため息をつき、その場を離れた。

 将ちゃんは、いつの間にか親父の弟子になっていて、いつの間にか親父のような職人になっていた。

 将ちゃんが来る前は、俺は跡取り息子としての無言のプレッシャーがあり、
『まわし職人になんかなりたくねーよ』、などとはとても言えるような環境ではなかった。

 だが、将ちゃんが来てからは、親父は将ちゃんにやたらと入れ込むようになり、
そのうち、俺に跡を継がせるということは、親父の頭からはなくなったようだ。
 そんなわけで俺は将ちゃんにとても感謝している。

 『将ちゃんってどこの人? 何をしていた人?』と、
無邪気に聞いた事があったが、大人の事情があるらしく、あまり教えてもらえなかった。
 まあ今時、親父に弟子入りしようなどという若者なので、多少訳ありなのは仕方ないと思う。
 実際、家に来たばかりの将ちゃんはちょっと怖かった。

 親父と言い合いをしていることは四六時中あったし、
親父も職人気質だったので、とっくみあいのケンカになることもしばしばだった。
 だが、そのうちに、将ちゃんは親父を尊敬するようになり、
将ちゃんを慕っていた俺は、将ちゃんを通して親父に対しての認識を改めたのだ。

『相撲取りの見栄の為にそんなに熱くなってバカみたいだと思わないの?』
と聞いたこともある。
 将ちゃんは作業を黙々と続けながら
『絹は蚕が自分の命とひきかえに紡ぐものだから、こちらも命をかけないと』
と言った。その後で『親父さんの受け売りですけどね』と笑った。
 ああ、将ちゃんは、本当にこの仕事にかけているんだなあと思った。

 最近は、スポンサーであるタニマチが自社の宣伝になるような
化粧まわしを作ることや、話題になるようなまわしの制作が多い。
 職人としてはどう思っているんだろうか。
 相撲自体、不祥事ばかりで、人気も低迷しているのに、
このまま続けていて不安はないんだろうか。

「宣伝用のまわしですか? それはそれで作っていて面白いですよ」
「そういうもん?」
「まあ、オリジナルの図案で横綱の化粧まわしを
いつか作れるようになったらいいなと思ってますけど……」
「将ちゃん」
「はい?」
「俺いつか社長になって、横綱のスポンサーになって、
将ちゃんに全部まかせて、思い切り好きな化粧まわしを作らせたげるよ」
「……」
「あ、本気にしてないだろ」
「いえいえ」
「ほら、本気にしてない」
「違いますって」
 機の音が響く。将ちゃんの機の音はいつも優しい。
いつの間にこんなに優しい音になったのか忘れたけれど。
「期待してますよ」
「おう。まかせとけ」