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神隠し

本スレ15-390です。
お題「神隠し」を投下後、続編を書いたので投下します。

整合性を取るために多少本編修正もしたので、本編、続編、連続投下します。
続編は、長いといわれた本編より長いです。エロ描写チョイありです。

では以下本編です。





文化人類学のゼミの追い出しコンパはザル組のオレと大川先輩以外が全員ヘロ
ヘロに出来上がるという壮絶な最後を迎えた。
酔ってないオレ達が会計を済ませて店を出ると、ヘロヘロ組は勝手にどっかに行
ってしまっていた。大方、二次会にカラオケにでも行ったんだろう。
「しょうがない、俺達も勝手にやるか。まだいけるなら、一杯つきあわないか?」と
誘われて先輩の部屋へ行った。
女の出入りが激しいと聞いていた先輩の部屋は、意外なくらいに女の気配を感じ
させない。そりゃそうか。女の気配を感じる部屋じゃ、別の女を連れ込めないもん
な、と納得しているオレに、先輩はグラスを差し出した。
「実家の近くの酒なんだ」と聞いた事の無い銘柄の日本酒を注いでくれる。
「実家って、どこなんですか?」
「S県の山奥のほうの小さな村」
「遠いんですね。帰省、大変でしょう?」
「大学に入ってから、一度も帰ってないんだ」
「何かと忙しいし、金かかりますもんね」
「それもあるけど...怖くてな...」
「怖い?」
聞き返したオレに、先輩は「長くなるぞ」と前置きをして話しはじめた。

「俺の生まれ育った村には小さな神社があるんだよ。
神社の裏の林は禁足地になってて、そこには神様の住む奥社があるんだ。
年に一度の祭りの前夜に、村の年男の中からくじ引きで選ばれた神男が事前に
精進潔斎をして、神様を饗応して神社...中社へお迎えするために奥社で一晩の『お
こもり』をする風習があってさ。
俺、十二歳の時に神男に選ばれたんだよ」



「いいか?何があっても、その面は外してはいかんぞ」
白いひげの生えた爺さんのようなシワクチャ顔の面をつけてくれながら神主様は
そう言った。
面の目のところは大きな穴が開いていて、視界はまあまあ確保されていた。口の
辺りは切り取られていて、鼻の下から横へ長くのびたヒゲを掻き分ければ物も食
べられるしペットボトルの水も飲めた。
「ゲームボーイ、もってってもいい?」と聞くと、意外にも神主様は笑って頷いた。
「ああ、いいぞ。本を読んでもゲームをしてもいい。お供え物も飲み食いしていい。
ああ、お前は未成年だからお酒は駄目だがな。誰かが来たら、一緒に遊んでも良
い。テレビは無いけれど、音がなくて寂しいならうちのラジカセを持っていってもい
いぞ」
「おこもりって、そんなのでいいの?」
「ああ。だけど、朝になって中社に降りてくるまで絶対にその面は外してはいかん
ぞ」
「はあい」

結局俺は、精進潔斎の部屋においてあった古いラジカセと、ゲームボーイを持ち
込んだ。
明かりは社務所から引っ張ったドラム式延長コードから電源を取ったライトがひと
つ。暖房はホットカーペット。
社の中には祭壇が作られていて、沢山のお供え物があって、下座に畳んだ布団
があった。
「朝になって明るくなったら、面をつけたまま中社に降りて来るんだぞ」と言い残し
て神主様が帰った後、とりあえずお供え物をチェックする。焼いた干物や煮物や
漬物や押し寿司が色々と並べられている中に、俺の好物の母さんの作ったから
揚げとサンドイッチもあった。俺のために用意してくれたんだろう。
精進潔斎の時には三日も味気の無い精進料理を食べさせられたのに、神様のい
る社では肉を食べて良いって変だなとは思ったけれど、喜んで食べることにした。
冷めたから揚げは運動会の弁当のから揚げと同じ味で、俺は面のヒゲが邪魔だ
なと思いながらも美味しく食べていた。


「美味しそうだね」
声を掛けられて振り向くと、神主様のような白い着物に袴のお兄さんが立っていた

「お兄さん、誰?」
「神社で神主様のお手伝いをしているんだよ。僕は時々君を見かけてたけど、君
は僕に気づかなかった?」
神主様の他にそういう人達がいるのには気づいていたけど、この人の顔は覚えて
いなかった。
「君くらいの小さな子一人だと寂しいだろうから、やっぱり、大人が一人一緒にいる
ことにしたんだよ。僕もそれを食べていいかな?」
「うん、いいよ」

それから、俺たちは一緒に色々な話をしながらお供えを食べた。
「お酒も飲んじゃおうかな...内緒にしててくれる?」
俺が頷くと、お兄さんは嬉しそうに笑って、お供えの中の瓶子と白い杯を持ってきて、
お酒を飲み始めた。
お兄さんはお酒を飲みながら、俺はお供えの中にあったポテトチップスを食べな
がら、学校の話をして、家族の話をして、好きなゲームの話をした。
お兄さんは俺の話をニコニコと聞いて、時々質問をして、感心をして、褒めてくれ
た。
それから、一台しかないゲームボーイで交代で落ちゲーをした。
お兄さんは初めてだと言ったくせにすごく上手くて、俺のハイスコアを越えた記録
を出した。むきになった俺は、「もう一回!もう一回やったら交代ね!」と交代でや
るはずのところを連続でプレイし始めた。
夢中でやっていると、面で作られる死角がうっとおしくなってきてしまった。
「もう!このお面があるから上手くいかないんだよ!」
「外しちゃうかい?」
「...内緒にしててくれる?」
「君が僕がお酒を飲んだことを内緒にしてくれるなら、僕も君が面を外したことを内
緒にするよ」
お兄さんの優しい笑顔に安心して、俺は面を外したんだ。

「ああ、君はそんな可愛い顔をしていたんだね」
お兄さんの声に、俺はどきりとした。
さっき、お兄さんは俺を時々見かけていたと言っていたじゃないか?俺の顔は知
っていたはずじゃないのか?
するりとお兄さんの両手が、面をはずした俺の頬を包んだ。滑らかな指はひんや
りと冷たく、お兄さんの白い整った顔が目の前に近づいてきた。
吸い込まれそうな黒い瞳が俺を見つめて、いっぱいお酒を飲んでいたのに全然酒
臭く無い吐息がかかるほどの距離で、お兄さんは言った。
「己を守る面を外した儺追人は連れて行っても良い約束だけれど、君はまだ幼い
から、僕はしばらく待つことにするよ。全てを捨ててもいいほどに僕が恋しくなった
ら、またここにおいで。これは約束の印だよ」
破裂しそうなくらいの心臓のドキドキと、唇を重ねられた時の柔らかい感触と甘い
香り、初めて感じる駆け抜けるような快感が最後の記憶。
気がついたら朝になっていて、俺はホットカーペットの上に敷かれた布団の中で寝
ていた。面は枕元に置かれていて、食べ散らかしていたはずのお供えの器は綺
麗に祭壇の横にかたづけられていた。
俺は面をつけなおして、神主様に言われていた通り、一人で社を出て朝の光の中、
石の階段を下りて中社に戻った。
中社では夜通し酒を飲んで待っていた氏子達が「神男が神様を連れてきてくださ
ったぞ」と大歓迎で迎えてくれて、自分の手で神様の宿った面を外して神主様にそ
れを渡して神男の仕事は終わり。お父さんもお母さんも、無事に神事を勤め上げ
たと喜んでくれた。その後の村総出の祭りで俺はお兄さんを探したけれど見つけ
られなかった。
俺は、言えなかった。お兄さんに会ったことも、面を外してしまったことも、その後
のことも。

翌年の神男は隣の家の還暦のおじさんだった。
祭りの後でおこもりのときの様子を聞いたら、一人になって酒を飲み初めて、気が
ついたら面をつけたまま布団の中で寝てたんだそうだ。


「俺は、怖かった。実家は僻地だから高校の時から寮住まいだったけど、できるだ
け実家には帰らなかった。大学もできるだけ遠くを選んだ。色んな女を抱いた。で
も、忘れられなかった、お兄さんのことが」
「先輩、先輩、タイム!」
オレは片手を上げて先輩を制した。
「話の腰を折ってすみません。文化人類学ネタはいいですけど、なんでホモネタが
組み合わされるんですか?どうせなら綺麗な女神様で行きましょうよ」
「......うん.......そうだな」
先輩はちょっと笑った。
「じゃ、女神様ということで続きをどうぞ」
「続きは...四月になってからだな。春休みに帰省するから、久しぶりに禁足地へ行
ってネタを仕込んでくるよ」
「楽しみに待ってますよ」
オレは地酒の入ったグラスを掲げて言った。


四月、先輩は大学に帰ってこなかった。
実家に帰省した翌日から行方不明になっているのだそうだ。
先輩の両親が大学に来て、息子の行方不明の理由に心当たりが無いか、ゼミ生
に聞いて回っていた。
オレは、言えなかった。あの夜、先輩が話したことを。
ただ思い出した。お兄さんのことを話す先輩の、とても柔らかい優しい表情を。