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ピロートーク

「蕎麦殻か、羽毛か、それが疑問だ」
夕飯の買い出しから帰ると大学の先輩がイエスとノーがプリントされた布を前に苦悩していた。
「ああ柴田くん遅かったじゃないか」
「いやなんでいるんですか」
「二人のうちどちらかがいるところには、いつも二人ともいるんだよ」
「さっきまで俺いませんでしたけど」
「僕はいた」
相変わらず話が通じない。
目の前で薄気味悪い笑みを浮かべている(多分愛想笑いのつもりなんだろう)男は所謂天才というやつで、
学部生にもかかわらず何やら画期的なシステムの構築と運用に成功したらしく業界内では最注目されている。
らしい。
というのも俺は文系学部の学生で校舎も違えば学年も違うし所属しているサークルも違う。
しかし何故目の前の男が親しげに接してくるかというと、理由は以下に記される。
新歓で潰す側であるはずの人間が勝手に自爆して潰れて、偶然同じ居酒屋で開催された新歓に参加していた一年生に
店前で吐瀉物と共に眠りについてるところを介抱され、それに痛く感激し、何故か懐くようになった。
そしてその不運な一年生は現在二年生になり、ボロアパート生活にも漸く慣れ、
久しぶりに奮発して買った食材を片手に変人の突然の襲来から現実逃避するように過去の自分の過ちを回顧している。
「でね、話は戻るんだけど柴田くんは蕎麦殻派?羽毛派?」
「なんの話ですか、っていうか住居侵入罪は3年以下の懲役または10万円以下の罰金が課せられることはご存知ですか」
「うん知ってる!でも正当な理由があるから法定刑は適用されないよ!」
「すっげームカつくんで自慢気に言わないで下さい。で、正当な理由とは?」
「だからこの中身をどうしようという相談」
目の前にイエスとノーの布。

「これなんすか」
「枕カバー」
「はあ」
俺の反応などお構いなしに目の前の他称・天才は議論を展開する。
「僕としてはね、やはり機能性・通気性と共に枕としてスマートな蕎麦殻を推したい。
 しかしながらこのカバーに蕎麦殻とはどうなんだろうか。それは果たして美しいのだろうか。
 ここで僕は初めて機能と効能の根本的差異を知り、打ちのめされた。」
肉、そろそろ冷蔵庫に入れないとまずいよな。
「羽毛。確かに蕎麦殻よりは使用寿命は長い。なによりこのカバーには美しい。
 だが僕はそう簡単に安易な可能性に飛びついていいのかと懐疑的にもなった。
 そして思考が停滞しだした折、恥ずかしながらやっと一つの活路の存在を思い出した。
 なによりも共有する君の意見を考慮していなかった、と」
「すみませんなんか最後ちょっと意味がわかんないんですけど」
「?」
「いやどうしたのって顔しないで下さい。
 なんで俺がそれを一緒に使うことになってんすか?片方くれるってことですか?」
枕カバーには別に困ってませんという言葉を繋げようとするも、急にピタリと先輩は行動を停止させた。
次に顔を真っ赤にさせたかと思うと少し上を向いて目を閉じ僅かに打ち震えながら呼吸を整え出した。
本当になんなのこの人。
「…やはり君は僕には無いものを与えてくれる…!」
「もうマジで意味分かんないんで帰って下さい」
「なるほど…そもそも枕でイエス・ノーという意思疎通を行おうという考え自体が愚かだったんだな…。
 君が片方の枕しかいらないという事は僕がもう片方を使用することはないという事であり、
 従って枕は不要という事になる。見事な帰結だ…!」
「いや、あの?」
「僕は一体何を悩んでいたのだろう…」
「もう少し自分の人生について悩んだほうがいいと思いますよ」
「しかしまだこれは机上の論理でしかない。
 よって僕はこれを実際に証明したい」
漸くこちらにまともに身体を向けたかと思えばギラリとした瞳に射抜かれる。
「なんかとてつもなく嫌な予感がするんですけど」
「認識の相違点は行為の後に語り合おう」
「ちょっまっ…うわっ」