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腐れ縁

保育園、それから中高と同級生だった塩谷一彦。
僕は彼をとてもとても好きだったが、彼と僕はとてもとてもよくケンカをした。理由は忘れた。
二人とも大人しい方だったので、僕たちが口をきくことさえ周囲は知らなかっただろうと思う。他者からはわからないような静かなケンカだった。
ぽつぽつと話していくうちにばかばかしくなりすぐに元に戻った。小さなケンカだった。

塩谷のほとんどが好きだったが、些細なところが気に入らなかった。
些細なことなのだから知らぬフリをすればいいのに、いつもそれを妥協できなかった。好きなのに。
塩谷は押すと書いてあるドアは押し、引くと書いてあるドアは引くような奴だった。
だからどうしたと言われればどうもしないけれど、ただ僕は全てのドアを押して開ける男だったので、つまりはそういうところの気が合わなかった。
悲しいことだったと思う。

彼の溶け込んだ日常はとても心地がよかった。
腐れ縁というにはあまりにも鮮やかで、透明で真新しく美しいと思える彼だった。
涼やかな目元が、細い前髪越しに人を避けて空を見つめるのが好きだった。

ある日塩谷に告白をした。
夏でも秋でもない日の帰り道で、前後の話などは忘れてしまった。
ただ夕焼けのきれいな日だったことを覚えている。蝉はもう鳴いてはいなかった。
塩谷の肌と真っ白なシャツに、まぶしいくらいのオレンジが映えて、どうしても言い表せないほどに強く美しかった。
塩谷は僕の言葉の途中で少し目を見開いて一歩身を引き、戸惑いもあらわに片手を力なく前へ出した。
そうして沢山の言葉を飲み込みながら、君とはそういうんじゃない、と普段と変わらぬ声で呟いた。

僕は初めての恋があえなく終わりを告げたことを、さして悲しまなかった。
ただ塩谷がこれまでの塩谷でなくなってしまうことを恐れて、それから4日ほどはまともに寝られなかった。
この繋がりを腐らせてしまうことが怖かった。

塩谷のことは、会わなくなった今でも好きなんだろうと思う。なんとなく、ふとしたときによく彼を思い出す。
なんでもなく息を吐いたあとで浮かぶ、なんでもない彼の姿こそが、僕が恋した塩谷そのものなのだと感じる。
慣れない眼鏡を外したときコーヒーを買ったとき風呂へ入ろうと立ち上がったとき靴下を干しているとき小石を意図せず蹴ったとき。
なににも纏わらずぱっと現れる塩谷の影を、僕は今日も一目見て通り過ぎるだけ。
塩谷、君は、とてもよい人だった。