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病弱な弟の治療費を稼ぐために裏の仕事をする兄

少年は男が嫌いだった。
まるで少年の、否、世界の全てを見抜いているとでもいうような、泰然とした、それでいて酷薄な笑みは、不快感しか与えない。

「泣かせる話だねぇ」

一ミリの感慨も含まない、芝居じみたその台詞はただ少年の神経を逆撫でする。
テーブル越しに向かい合った男はゆったりとした動作で頬杖を突いて少年を覗き込んでくる。
その何気ない仕草でさえ、男の洗練された容姿故か、酷く優雅に思えた。
壁も調度品も白で塗り潰したかのようなこの部屋は、どうにも落ち着かない。尤も、白ばかりなのは室内に限ったことではなく、建物全体が白で埋め尽くされている。
漂白されたかのような空間の中、男の衣服はひときわ白さが目につく気がした。
少年が持て余す、不安にも似た焦燥が男への苛立ちに変わるのはいたって容易なことだった。
少年は苛々とした様子で男を睨みつける。男はそれを気に留めた風もなく、薄い笑みを唇に乗せたままだ。
男がそのすらりとした指でテーブルを叩く。コツン、という無機質な音は沈黙の続く室内に、大袈裟なほどに響いた。
さらりとした手触りの白い机の上には写真が数枚、無造作に並べられていた。

「でも、君の大事な弟がこんなことで生き永らえてるって知ったらどう思うかな」

諭すような口ぶりには隠しきれない愉悦が滲み出ている。残忍なまでの笑みを浮かべた男は少年を窺うように目を細める。
少年ははじめて勝気な瞳を揺らがせた。
心臓がギクリと、「君の秘密を知ってるよ」と男に耳打ちされたときよりも、遥かに厭な音を立てる。
握り締めた掌に汗が滲み、拳がブルブルと震える。
口を開いても、結局言葉は何も出てこなくて少年は悔しさに唇を噛み締めた。
「君に選ばせてあげるよ」と男は言った。
けれども、少年に選択肢はない。
早く大人になることを渇望し、背伸びをしすぎた少年には、これが忠告ではなく脅迫なのだということがはっきりとわかっていた。
男の回りくどい遣り口に少年が苛立ちを覚えるのは、少年が幼さ故の真っ直ぐさを損なっていないが為だということに、少年自身は気づいていない。
泣き出しそうな気持ちになりながら、心の中で弟の名前を呼んだ。
少年が唯一恐れるのは弟を失うことだ。そう、それ以外は何も怖くない。
後ろ暗い光を揺らしながらも、少年の瞳が応えを決めたのを男は感じ取ったのか、椅子を離れると少年の横に立った。
少年は静かに自分を見下ろしてくる男を見上げた。
男の指が少年の頬に触れる。
鼻を突く薬品臭さが増して、先刻から微かに鼻を掠めていたのは男に染みついたこの匂いであったことを、少年は悟った。