※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

ふみなさい

今回、*9を目にした瞬間、「またリロミスかよ!」と
怒りをキーボードにぶつけた諸氏も多くおられることでしょう。
しかし、少し待っていただきたい。
「ふみなさい」、人を人とも思わぬ荒んだ世の中で、これほど愛に
満ちた言葉も少ないのではないでしょうか。

先日、大きな樹の下で、「ふみなさい」と叫んでいる男性を
見かけました。
その言葉に奮起を得た、のかどうかは分かりませんが、ややして随分と
高い場所の枝からひょっこりと茶色の頭がのぞき、
そこから男性の頭を踏み台にして、
別の場所に飛び移ろうとした子猫がおりました。
自らの頭を踏み石に見立てた男性はとっとと走り去っていった子猫を
頭を掻いて見送っておりましたが、すぐに「先生、どーしたの」と
沢山の子供に囲まれて、笑っておりました。
おそらく彼が踏み台となるのは、
あの猫に限ったことではないのでしょう。
別の場所では、泣きそうな少年を見かけました。
不便な山の中の分校出身にも関らず、学業優秀であった彼は、
周囲の、特に育ての親でもあった教師の薦めもあって、
都会の学校に転校する事が決まっていました。
お世話になった先生に、土地に、後ろ足で砂をひっかけるような
真似をして出て行くのか。
ああ、先生の下を離れたくはない。
瞳で語る少年に、教師は言いました。
「私の背をふんでいきなさい、そうやって大きくなっていくんだから」
いつか少年は幾回りも大きくなり、教師の元に帰る日がくるでしょう。

また時代を遡っては、窮地に立たされた新下田の呉作の前で、
彼は両腕を大きく広げ、優しく「ふみなさい」と諭しました。
呉作が踏絵のイエスを踏んだかどうかは、記録にはありませんが。

ですので、決して世間に絶望することはありません。
相手の未来のために別れを切り出す人が、片思いの相手の為に
彼とその思い人との橋渡しをしてやる人が、
熱い思いを胸の内に秘めたままでいるように、
ふまれたがりの、*8も、*9でさえ、決して
ただのマゾではないのですから。