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養い親

川を流れる雪解け水に染め上がった反物を晒す。
足元はヒップブーツがかろうじて守ってくれるが、生地を扱う手は厚い手袋など
つけるわけにはいかない。
切れるような冷たさに耐えながら、俺は親父の新作を丁寧に広げた。

流れに踊るのは季節外れの百合の花。
古代紫の地に、影に藍をぼかした白百合が配された、古くから伝わる技法を
きっちりおさえながら現代的な作品だ。
濃く色をのせ過ぎだろうと思っていた百合の影の藍は、冷水に晒されブラシで
糊を落とされるとほんのりと淡くなり、白い花びらを美しく浮き上がらせた。
それは確かに百合の花の柄なのだが、単に写実的な表現でも、デザイン化
された表現でも、古典的な表現でもない。自然の中に咲く百合からその魂の輪郭を
抽出して絹地に写し取ったかのような、写真以上、絵画以上の百合だ。

ああ、綺麗だ。

俺は心の底からそう思った。


小さな頃から、俺は親父の作品が好きだった。母さんが死んで面倒を見てくれる人が
いなくなったこともあって、俺が小学生の頃は、よく仕事場に入れてくれた。時には完成して
着物に仕立てられた作品を見せてくれたりもした。
親父の描くものは何もかもが綺麗で、俺は親父の目には俺には見えない別の美しい世界が
見えているのだと思っていた。
ところが、ある時を境に親父は俺を仕事場に入れてくれなくなった。小学校の卒業アルバムの
将来の夢欄に「友ぜん作家」と書いてからだった。
俺はただ、「父さんが真剣な顔で見つめるものを自分も見ていたい。父さんの隣で同じものを
見ていたい」そう思っただけだったのに。てっきり喜んでくれると思ったのに。それ以来、親父は
俺が仕事場に入ることを禁じ、完成した作品を見せてくれることもなくなった。

しかし、それでも、俺は諦められなかった。
高校二年の夏、「家業手伝い」とだけ書いて出した進路希望の紙を前に、親父は言った。
「隆明、お前、家業を継がなきゃとか思わなくていいんだぞ?工房には、啓一も俊二も
いるんだから」
親父の甥にあたる一番弟子と二番弟子の名前を上げる。
「ねえ、父さん。俺に父さんの技術を受け継ぐ資格がないから、父さんは反対するの?」
「何だって?」
「俺が養子だから、血が繋がっていないから、500年の伝統を受け継ぐ資格が...」
言葉の途中で平手で殴られた。
「このバカっ!」
親父は怒鳴った。「だら」でも「アホ」でもなく、最上級の「バカ」と怒鳴られたのはこの時が
初めてだった。
「養子だの実子だの関係あるかっ!お前は俺の息子だ。息子だから、家業に縛られず自分の
やりたいことを見つけて欲しい、それだけだ!」
「やりたいことが友禅だったってことだろ!」
「ただ身近だからそう思ってるだけじゃないのか?身内だから適当でも許されると思ってるん
じゃないのか?」
「啓ちゃんや俊ちゃん見てれば、適当で許される世界じゃないことくらいわかるわ!」
散々怒鳴りあった末に、親父は俺が友禅を学ぶために1つの条件をつけた。

現役で国立の四年制大学に入って国家公務員試験(一種)に合格して留年せずに卒業すること。

無茶苦茶高いハードルを設置して諦めさせる作戦だ。
同時に、まかり間違ってこの条件をクリアした時には、努力が実を結ぶとは限らない伝統工芸の
世界よりも、高級を約束されたバラ色のキャリア官僚コースの方が魅力的に見えるだろうと、多分、
親父は計算したのだろう。
「友禅作家に学歴はいらねえ」とうそぶいて、それまでまともに勉強をしてこなかった俺が、死に物狂いの
猛勉強の末に見事条件を達成してしまった上に、合格証書と卒業証書を耳をそろえて差し出して
「本日よりよろしくご指導願います」と両手をついて頭を下げたのは、親父にとって計算外だったはずだ。

「約束だから仕方ない」としぶしぶ弟子入りを認めてくれてから5年。まだまだ工房の一番下っ端だけれど、
親父の作品作りと完成品を間近で見られることは何よりの勉強だ。

風に揺れる野の百合のように水中で揺らめく親父の百合を見ながら、俺は思った。

ヒップブーツ越しに這い上がる冷えも、手を刺す水の冷たさも、親父が経験し乗り越えてきたものだ。
何ひとつ見逃すものか。親父の来た道をたどり、親父がその過程で身につけてきた技術をひとつ
残らず俺が引き継ぐんだ。
そうして親父の持つ技術を身につけて親父の隣に立ったら、親父の見ている美しい世界を俺も見ることが
できるだろうか?
いや、見えなくてもいい。
親父から引き継いだ技術で、俺の見ている美しい世界を親父に見てもらえばいいのだから。