慣らす

「ここが今日からお前の部屋だ」
背負ったままのリュックをぽんと軽く叩くと、細い身体が大袈裟に跳ね上がった。
直接触れたわけでもないのにこれほど大きな反応を示すのは、親戚中をことごとくたらい回しに
されたその過程で何度か虐待を受けたからだろう。目で確認したわけではないが、季節外れの
長袖の下にはいくつも痣が隠れていると聞いている。
俺は気づかれないようにため息をついて、小さな部屋を見回した。
簡素なベッド、勉強机、押し入れにすっぽりはまっている小さな箪笥。それがこの部屋の家具の
全てだ。
「悪ぃな、テレビも本棚もなくて。必要なら揃えてやるから、しばらくはこれで我慢してくれ。
押し入れに箪笥が入ってるから、好きなように自分で収納しな。荷物はそれで全部か?」
リュックを指し示すと、ゆらりと頭が前後する。頷いたのか揺れただけなのか、判別が難しい。
無言で半歩身を引く。カケルはこくんと唾を飲み込み、恐る恐る部屋に一歩踏み込んだ。
俺とカケルの縁戚関係ははてしなく遠い。俺の名が出る前に施設が選択肢に挙がっても不思議で
ないほどだ。事実、今日が二度目の対面だったりする。
カケルはリュックを背中から下ろし、お腹のところで抱えなおした。
「……カケル」
名を呼ぶと小さな肩が震え、吊りぎみの目が伺うようにこちらを見上げた。警戒心で眉間の皺が
深い。
近づくと後ずさろうとするのも構わず、俺はカケルの痩躯を抱き寄せた。
「っ……!」
肩のところで息を飲む音がする。早鐘を打っているだろう鼓動は、リュックに遮られて届かない。
心の中でゆっくりみっつ数えて、俺はそっとカケルから離れた。
カケルはリュックをちぎれそうなほど抱きしめ、荒い息をなかなか整えられずにいる。
「カケル。これからうちでは、これが挨拶だ」
ぱっと上げられた顔には、様々な感情がないまぜに浮かんでいる。
「朝起きた時。夜寝る前。出掛ける時。帰った時。できないなら、無理にお前からはしなくても
いい。俺から一方的に抱きしめるから、拒まずに慣れろ」
カケルは唇をふるわせ、なにか言いかけてやめ、潤んだ瞳を隠すようにうつむいて背中を向けた。
俺はその後ろ頭を撫でようと手を上げかけて、結局触れることなく下ろした。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年09月30日 22:42