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新しい髪型

手のひらで自分の頭部を包み込むように撫で上げてみる。
額から遡ってうなじまで。
つるりとした感触がどこまでも両手に届くので、先程まで当たり前にそこを
覆っていた自分の頭髪はもう無いのだと、改めてそのことを実感する。
唐突に思い至ってイメチェンだとか、俗世に絶望して仏道に帰依するだとか
そういうつもりは全く無い。
寧ろ事態はもっと切実なだけにアホらしくもあるのだ。
さて、奴はこの頭を見てどんな顔をするだろう。

「ただいま」
玄関の扉を開けると同時にキッチンからは食欲をそそる匂い、
ついで気の抜けた「おかえり」という返事が返ってくる。
帰還を告げても鍋の中を覗き込んだまま、振り返りもしない背中が
心なし萎れて見えるのは、おそらくも何も今朝の喧嘩を未だに引き摺っているからだ。
居間とキッチンを仕切る壁に凭れ掛かりながらご機嫌を伺うように
今日のメニューを尋ねてみれば、やはりぽつりとした声が応える。
「…あさりの酒蒸し」
俺の好物だ。こういう時俺はこいつを心底憎たらしく思うし、それ以上に
いじらしくて仕方が無くなってしまう。
黙ったままの俺からの反応が無いことに不審を覚えたか、
脅えているのが目に分かる仕草でこちらを振り向く奴の顔はやはりかわいくて堪らない。
たとえそれがどこにでも居そうな野郎の顔だったとしてもだ。

「あんた、何その頭…」
「『あんたが浮気してないってんならその髪剃り落として証明して見せろ』っつったのはお前だろうが」
言葉を失うばかりのその眼が意味するのは驚愕か、はたまたそれを通り越しての呆れなのか。
どちらでも構わない、笑いながらその眼を見返してやる。

「俺の愛情を侮るな」