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『野』(や)という言葉には「官職につかないこと、民間」という意味があります。
対義語は『朝』(ちょう)。朝廷の『朝』です。

『朝』と『野』は、光と影のような存在です。
『朝』があるからこそ『野』という言葉が意味を持ちます。
反対に『野』が存在せず『朝』のみがあったとしたら
その『朝』の存在はとてつもなく無意味なものとなるでしょう。

多くの場合、『朝』は大変に支配欲が旺盛です。
そのため常に『野』を支配したいと思っています。
『野』はただ自分に奉仕するために存在すればいい
とすら考えているかもしれません。

『野』は『朝』にどれだけ虐げられても、最後まで『朝』に寄り添おうとします。
たとえ重税を課せられても、理不尽な法令がしかれても
文句を言いつつ結局は『朝』に従ってしまいます。
それは罰則に対する恐怖ゆえではありますが
自分には『朝』になり変わる実力がないのだと諦めているのかもしれません。
またあるいは、己を支配せんとする『朝』の輝かしく力強いことを
誇らしく思っていた時代もあったかもしれません。

けれどきっといつか、『野』の裡につもりつもった不満が爆発するときが来るでしょう。
『野』は死力を尽くして『朝』に反抗し、己も大きな傷を負いながら
ついには『朝』を滅ぼすでしょう。
しかし『朝』なしには存在できぬのが『野』。
かつての『朝』と入れ替わるように、『野』の中から新しい『朝』が生まれます。
一旦生まれ出てしまえば、『野』と『朝』はやはり別個の存在。
新しい『朝』はやがて以前の『朝』と同じく暴虐を尽くすようになります。
『野』はそれに耐えつつ、かつて己が滅ぼした『朝』を
今となっては懐かしく思い起こすのです。