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黒猫×白猫

ごみバケツからの戦利品を咥え、歩道を横切る俺を追い払う、化粧臭い人間が手にしていた小さな檻。
趣味の悪い飾りの隙間から、毛足の長い白いやつが退屈そうにすましているのが見えた。
晴れた空を閉じ込めたような青い目で一瞬、ちろりと俺を見やり、
また何にも楽しくなさそうな顔をして檻に納まっていた。
その自分の体と正反対な白色に興味が湧き、俺は戦利品も放り捨ててそいつの後ろに付いていった。

ごてごてと飾り付けられた家の窓際で、そいつがぼんやりと外を眺めているのをみつけた。
「なあ、あんた。そこからどんだけ跳びあがったって、石の塀しか見えないだろう。」
俺が話しかけると、そいつはほんの少し目を見開いた。
そしてすぐにすまし顔に戻って言った。
「跳びあがったりするもんか。君はそんなことをしてるからそんなに汚れちゃったんじゃないのかい。」
「俺はもともと黒いんだ。どんなに汚れたって、俺の毛以上に黒くなんかなるもんか。」
そいつはまた目を見開いた。そして今度はすまし顔には戻らなかった。
「石鹸で洗っても、君は黒いままなのかい。」
「洗ったことなんてないから、分からないな。」
俺の言葉にそいつは今までで一番目を見開いた。
目の中の青い空が広がるのがとても綺麗で嬉しくなり、俺はしっしっしと牙を見せて笑った。
「石鹸なんて臭いもの嫌だけど、洗ってあんたみたいに白くなるんだったら、洗ってもいいな。」
そう言うと、そいつは初めて笑った。
雲みたいにふかふかしていそうな白い体を小さく揺らして笑った。

それからそいつと色んな話をした。
ミルクは陶器の皿に入って出てくるものだと思ってるそいつと、
玄関先の牛乳瓶を倒して零れたミルクを失敬する俺とは、体の色をはじめ何から何まで正反対だった。
磨き上げられたガラス越しに話しつづけ、気付けば空はすっかり暗くなってしまっていた。
ずっと明るいままの青い眼で暮れた空を見上げ、ふとそいつが言った。
「僕も君みたいな黒い体だったらよかったな。」
「どうしてだ。俺はあんたの白い体が羨ましいぞ。
あんたみたいに白い毛皮を持っていたら、人間に石を投げられることもなかっただろうに。」
「でも、僕も黒い毛皮をもっていたら、夜に紛れて君についていけるのに。」
今度は俺が目を見開く番だった。
「あんたは俺についてきたいのか。」
そいつはすっかり闇に溶けてしまった俺を見据え、強く頷いた。
「人間の欲しがる白い毛も青い目もいらないから、僕は外に出たい。
灰色をした石の塀の向こうには君の目のような緑色をした原っぱや、広い広い森があるんだろう。」
「そんなにいいものばかりじゃないけれど、外にはもっとたくさんの色がある。」
もう一度、出たいか、と訊ねるとそいつは強く強く首を振った。
「じゃあ出よう、俺と行こう。いいか、窓の真ん中ぐらいに変な形をした銀色のやつがあるだろう、
跳びあがってそれを引っ掻くんだ。」
一度目は届かない。二度目は爪が引っかからない。
何度も跳びあがっていると、化粧臭い人間が窓に近づいてきた。
「もうだめだ、主人が来てしまった。」
「べそをかくな、俺と一緒に行くんだろう。俺のお気に入りの原っぱに連れて行ってやるから一緒に空を見よう。
すごく星が綺麗なんだ、見たいだろ。だから、一緒に行こう。」
瞬間、カタン、と音がして、窓の鍵が開いた。
俺は外から窓の端を引っ掻いてそいつの通り道を開けてやる。
白と黒、二つの小さな体が夜を走って逃げた。
後ろから甲高い声がそいつのだろう名前を呼んだけど、振り返らなかった。

「あんたの主人はおれのせいだと恨むかな。」
そいつの全速力にあわせて俺はゆっくり走る。
「君の姿は見えなかったんじゃないかな。」
隣の白い体はもう息が切れ始めているけど、青い目は楽しそうに輝いている。
「いいや、見えてなくても俺を恨むさ。俺は黒い体で前を横切って不幸を連れて来るんだ。」
どっちにしろあんたの主人の不幸は俺のせいだ。
笑った俺に真面目な顔をしてそいつは言った。
「でも、君は僕に幸せを連れてきたよ。」
そいつの少し前を走りながら、夜でよかったとふやけてしまった顔で俺は思った。
この白い体は外じゃ汚れてしまうかもしれないし、洗ってやる石鹸もないけれど、せめて毛繕いをしてやろう。
真っ黒に汚れて一緒に夜に住むのもいいかもしれないけれど、
もうすこし、この白い幸せを青い空の下で眺めていたいのだ。