ヤクザとその幼なじみの堅気
「もう、こうして会うのは終わりにしようじゃないか」
シャワーを浴びて戻った彼は、ベッドに座り、
がっしりとした手で器用に切った葉巻に火をつけながら、ゆっくりと言った。
未だ乱れたシーツのうえでぼんやりとしていた僕は、
その言葉をはじめは夢のように反芻し、そして意味を悟った瞬間に飛びおきていた。
「いきなり何を言いだすんだ!?」
彼はくすり、と苦笑してから、寝室と続きのダイニングをくすぶっている火先で指した。
そこには、今日の昇進を祝って上司や同僚がくれた花束や菓子類が、
華やかなリボンを解かれて乱雑に放置されている。
そして、彼の持ってきてくれた上等な酒瓶も。
「そんな、僕が何になったって、あんたへの想いが変わるものか!」
叫んだ僕の頭を彼はやさしく抱え、ゆっくりと撫でた。
「あんたはもう俺と関わってちゃいけないんだよ、分かったかい」
「いいや、分からない、分かるものか!」
激昂して腕から逃れようともがく僕を、彼の強靭な力が抑えこむ。
「いいか、あんたはもう俺と関わっちゃいけないんだよ」
僕の好きな低い張りのある声で、再び彼があやすように言った。
「あんたは真っ当な道を行くんだ。スキャンダルはご法度なんだよ」
彼の腕のしたで、その優しい、しかし悲しげな声が低い僅かな振動となって
身体を伝わるのを感じながら、僕はいつの間にかサイドテーブルの灰皿に
挿されていた葉巻から、灰がことり、と落ちるのを見ていた。
最終更新:2011年04月20日 16:26