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浴衣でグチョグチョ

 彼が私の秘書になって約三年、私達は共に数多くの非常に有益な事業を、着実に成し遂げてきた。それもひとえに彼の優秀さと鋭敏な感性と、真摯な人柄のおかげである。彼の仕事を一言で表すならまさに「かゆいところに手が届く」であり、まったく彼と出会えた事は私の人生の中でも最も大きな収穫の一つであると思う。
 だから今日、彼の多少困った一面を見ることになったくらいで、私の彼に対する信頼が揺らぐわけは、もちろんない。

「ほら…白河君、そんなところにいたら危ないだろう。こっちにおいで。」
「…専務…っふ、くっくくっ……お、お父さんみたい……」
「ははは…。」
浴衣姿の優秀な部下に、温泉旅館の庭園にある松の木の上から見下ろされるというのはなかなかシュールな情景だが、いくら細身とはいえ男の体重をいつまで松の枝が支えられるかわからない。
「…部屋に戻ろう、白河君。ほら。」
「…専務。」
私が差し伸べた腕が彼の腰を支えると、彼はぎゅっと私の首元に抱きついてきたので、そのままなんとか引きずりおろすことができた。ぐったり私に体を預けている彼の体重を両腕で確かめて、私はようやく胸を撫で下ろした。
 これまで彼が酒で平常心を失ったことなど一度もない。実際かなりの酒量をたしなんでも顔色も変わらず、てきぱきと私の世話を焼いてくれていたものだ。それでは一体何が彼をここまで酔わせてしまったのか、というと。
「ねー専務、だから言ったでしょ?!僕…特異体質でですね、温泉に入るとぉ…酔っぱらっちゃうんですよー…っぷ!くっくくくくっくく……」
「…ああ、本当だったねえ…」
そんな話は聞いた事もないからといって、彼の申告をまじめに受け取らなかった私が悪かったのだ。もともと出張帰りにこの旅館をとったのも日頃の彼の労を労いたい気持ちからだったから、つい無理に温泉を勧めてしまい、私からそう勧められれば彼も少しなら…と思ったのだろう。
「専務…、汗で浴衣がぐちょぐちょですねぇ……」
「走り回ったからねぇ、君を追いかけて。」
私の喉に額をぐいぐいと押し付けながら、白河君が忍び笑いをする。
「じゃあもう一回入らなくっちゃ、温泉!…っぷぷぷ!あは、あははははは…!」
「白河君…。」
君が楽しそうで、なによりだよ…。