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開かない扉の向こうとこっち

「そこ、自転車」
言うまでもなく、彼は歩みを緩めることなくひょいと障害物を避ける。
「ありがと。大丈夫だよ、杖の扱いも慣れたし」
彼は微笑みながら手を伸ばし、寸分違わず僕の頬に触れた。

数か月前の事故で視力を失った彼。傷ついたその目に、光が戻ることはないらしい。
事故より後に出会った僕の顔を、だから彼は知らない。
「元からあまり目はよくなかったからかな、見えなくなったことにはそれほど未練はないんだ」
彼はいつもそう言う。そして、こう続ける。
「ただ、君の顔を知ることができないのが、残念だけど」
「……僕は、酷いかもしれないけど、かえってほっとしてる」
だって、もしも彼が僕の顔を知っていたなら、こんなに近しい関係にはなれなかったはずだ。
「どんな顔してても、君は君だろ」
けれど、そう言ってくれるのはきっと、今の彼だからだ。
そうして僕は何も言えなくなって、小柄な彼の身体をただ抱き締めるのだ。

「俺は、君がどんな顔でも好きだよ」
彼はそう言って、まるで見えているかのように僕の唇にキスをする。
彼の開くことのないまぶたはこちらとあちらを隔てているけど、それは僕らを完全には分かち得ない。